004 化物因子2
じゃあ次にその良し悪しについてだがね、これがね、残念ながらどっちに倒れるかは全くその個人の人生だとか、思想だとか、そういったものに左右される関係で絶対が無い訳だ。でもね、安心して欲しいのだがね、その振れ幅を抑える事が出来るんだね。最良にも、最悪にもしない方法だね。その方法というのが、高まる因子濃度をこちらで調整してやるんだね。
跳躍し過ぎると、やっぱり因子たちも自分たちを制御することが出来なくて、遣りすぎてしまう訳なんだ。その結果、脳の書き換えがラインを超えて、ある行動に異常な執着を見せるようになったり、人智では測りしえない神通力を開眼させることになってしまうわけなんだがね…。まぁ、これが最悪と言うには可愛い過ぎるのだけれども、さりとて、そうなると、他の人間に害が出る可能性というのは、当然確率的に高くなるよね? 少年もそう思うだろう? そうだろう、そうだろう。
そこで、この豆の出番という訳なんだがね。この豆は、私の『透視』能力で空中に漂う因子を見つけて、それらを蒐集したケースの中で栽培したものだ。因子をたっぷりと吸っていて、これを飲みこんで体内で消化吸収することで人間は体内のその濃度を高める事が出来る。でも、一応仕掛けをしていてね、これに苦労したのだよ。それも聞いて欲しいんだが、それはまた話そう。その仕掛けというのが、抗体の処理能力を少し超える濃度に体内の因子数を整えると、後のものは適当に霧散させるというものなんだがね…、そう大変だったんだよ、『広知』を持っている私でもこれには散々手を焼かされた、もう両手とも黒焦げだよワッハッハ。
ハハ…それでね? これも調べていくうちに分かったんだが、この跳躍の遣りすぎを抑えることで変化の良し悪しを、少しの良好の方向で固定することが出来るみたいなんだ。凄くない? これ私の発見なんだよ? どうかね、少年、凄いと思わないかね? あぁ、また話が……重ね重ねお詫びするよ。
ゴホン。では、今の説明で察する事は出来ると思うんだがね、人が生活していく上で吸収してしまう因子、その過剰摂取というものが、社会的思想をかなぐり捨てる準化物の発生を促しているんだね。残念ながらね、因子が常に漂っているという事実があるから、人間の準化物化は避けられない事なんだね。だから、この豆を開発したのだよ。例え我々人外が傍に居なくとも、最小限の被害で抑える、そういう対応が出来る素晴らしい作品なのだよ。
…………………………
男は説明を終えると、ふぅと息を一つ吐き、演説に乾いた喉を潤すため城下町少年の前にあったグラスを口に持っていき、銃に撃たれた。
「カァッ!! しまった!」
「何やこいつ」
勝手な演説で場を盛り上げ、オチを着ける男に城下町少年は呆れ果てていたが、三四郎は今までの『化物因子』に対する理解が及んでいなかった事と、今までそれに対して悩んでいた項目に次々とバツを付けられ、先ほどまで抱いていた仄暗い敵意も忘れて憑き物が落ちたような気分でいた。
「そうか、俺たちは城下町や真白ちゃんに迷惑はかけていないんだな」
良かった…と思うも反面、どこか腑に落ちない発言も散見されたため完全な納得に至らない三四郎。この男は、こちらの敵ではないと言ったが、それは少し違うのではないかと感じながら男の動向を見極めようとしたところで是だ。惚けに惚ける。その真意に判別のしようがない。
「まぁ、こういった事なんだがね、分かってくれたかね? 私はこの地域に漂う因子の多さを鑑みて、更にこのマッドバリスタに準化物化を『透視』出来たためにこの豆を渡す結果になったのだと理解してくれたかね?」
「あのぉ、俺は分かりにくかったんやけど、ちょっとまとめて箇条書きにしてくれへんやろか?」
城下町少年も決して頭の悪い方ではなかったが、男のクドクドとした喋り方と時折応答を求められたりであまり集中出来なかった。故に、理解も十全でなかった。英国紳士風の男はそれを聞くと仕方ないなという風で、稲枝に紙とペンを要求した。因みに、稲枝はニコニコ聞いていただけで、特にこの話を理解しようとはしていなかった。
「つまり、こういう事だがね、これで分かるかね?」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
・因子はあらゆる環境にあり、特別何かから放出されている訳ではない。
・因子は化物から放出されておらず、寧ろ吸収して濃度を低くする役割である。
・準化物の生成は、体内因子濃度の急激な上下で惹起される。
・準化物化の良し悪しは、個人によって差が有る。
・因子を含んだ豆は、その個人差を少し良い方向で固定する。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
酷く潰れた文字だったが、それは男が日本圏外に長く身を置いていて、漢字や仮名に触れておらず『広知』で得た知識のみで書き殴ったからである。
「ほんでもまぁ、これだけで足りることをよぉも長々と…」
「久しぶりに自分の博識を誇示できる場だったんだ、容赦を願いたいんだがね」
「然し、これで納得できた部分もある。不愉快な奴だが、これは有益な情報だ」
三四郎は、秋山乗務員の準化物化について思いを巡らせていた。この地域に濃く広がる因子は、紛れもなく秋山乗務員の体に巣食っていたのだろう。それが、三四郎達と狭い移動式の箱の中で関わることで、その濃度を一時的に低く保つことが出来た。然し夏休みに入ることで因子吸収の役割を持つ化物との接触の機会が失われ、タクシーという特性上様々な場所を高速で移動し、かつ窓なぞ開けていた時には周りの空気とともに大量の因子を肺臓に送り込むことになる。そして、体内の因子が活動するまでにその濃度を高めてしまい、準化物化に至った。そう考えるのが妥当であった。
「それやったら、もうこの街の皆にその豆やった方がええんちゃうやろか?」
「私もそう思うんだがね、それには時間がかかるのだよ。この一杯のコーヒーを淹れるだけの豆を作るのに、半年はかかったのだからね。だから少年もこの化物と一緒にいる事をお勧めするよ」
「うーん、そうなると自然発生する奴らはこれからも出続ける訳か」
店内の最奥、丸テーブルを陣取っての化物たちの遣り取りは、実に有意義な情報に時間が流れた。稲枝だけが、特に理解を必要としていなかったので微笑みを絶やさずにずっといただけであったが…。因みにこの間も、客たちは一時の休息を楽しみ、銃撃に倒れる者も続々と増え続けていた。
「ほんでアンタは何て言うんや?」
「おぉ、そういえば名乗りを忘れていたね、失敬失敬。何分、私以外の人外と出会う機会なぞ全くなかった上に、それが人間達と仲良く机を囲んでいるものだから、つい気分が高揚してしまったのだよ。重ね重ね申し訳ないが、どうか容赦してくれると助かるんだがね。そうそう、私の名前はイヤーン・ヴァカタレーと言うんだよ」
「ふざけてんの?」
「む、失礼だぞ。本当にこういう名前なのだ、発生した時からね」
「そのイヤーン先生は、なんで俺らに情報くれたんや? 助かるけんども」
「ふむ、さっきも言ったが私は決して君たちの敵ではないんだね。君たちと同じで準化物には少々手を煩わされた事もあったので、世界に発生し跋扈するそれらに対処するためには、少しでも同じ知識を有した仲間は多い方が良いと思っていたんだがね、予想よりも早く同士に会えて順調だよ」
「ほぅ」
イヤーンの答えに少しだけの感心を見せた三四郎は、これには賛同すべきだと思った。このように『化物因子』の知識を共有することで、準化物化の危険がありそうな因子濃度のある場所を見つけられれば、即座にその場へ向かい濃度を抑えることが出来る。時間は要するもののイヤーンの生み出した豆を駆使すれば、好戦的な準化物化の発生に先手を打つことが出来る。代償として、準化物化自体は免れないものの、温和なものに留めておくことが出来る。イヤーンから提供された情報は、誠に有益なものだった。
「そういえば、私が遭った準化物は体の一部を他人の体に引っ付けることに執着した女で、攻撃的ではなかったんだが、君たちはどういったものにあったのかね?」
フとイヤーンが口火を切った。
「あぁ、俺たちが遭ったのは人に拳を打ち付ける馬鹿と、速さに魅せられて風になった馬鹿だ」
「後者はそこまで危険じゃなさそうだが、前者はマズそうだね」
「マズいもマズい。俺もやられそうになったわ」
「恐らく、準化物になる前に格闘技でもやっていたんではないかね? 人に拳を奮うなど、日常生活でそう考えられることではないからね」
「そうでもないぞ、ハードパンチャーは元からハードパンチというものが好きで日常的にモノにハードパンチをお見舞いしていたのだ」
「ほれやったら不良でもやってたんちゃうか? 思い出すんも嫌やけど、あーゆーのは喧嘩とかイジメでパンチ出すからな」
「ハードパンチャーがそんな情けないことをすると思うか? 非常識だぞ」
イヤーンの質問から、思ったより会話が続く。それもそのはず、彼のハードパンチャーには皆迷惑していたのだ。ここにいる三四郎と城下町少年は勿論、恐らく一番の恐怖を味わったのは安宅真白であったのだが。兎も角、初めに遭遇した準化物としては少々衝撃が強すぎた。三四郎達は、今でもあの暑い日を思い返すことが出来る。それ程に、強烈に脳裏にその存在が焼き付いていたのだ。
「ところで、そのハードパンチャーというのは今はどうしているのかね? 何の対処もなくそういった者を放置するのは危険だと思うんだがね」
「あぁ、一度俺の亜空間に閉じ込めたんだが、あっさりと出て来やがった」
「人外の能力を打ち破ったというのかね? 何んと強力な準化物なんだろうね」
「そうだろう、ハードパンチャーに不可能はないのだ。未知の力なぞ意に介さないのだ」
「あのぉ…」
「それは最早、独特の能力を開眼しているのではないかね? 人外の能力の打破など、いくら準化物化した人間とは言え中々考えられない」
「俺もそう思う、言動の意味も分からない奴だ、未知の力を有していても不思議ではない」
「あのっ!」
稲枝の声に、振り返る三四郎とイヤーン。稲枝は少し強張った顔で、城下町少年は信じられないといった顔で丸テーブルのとある方向を見張っていた。
「あのぉ、その話題の彼なんですが、もしかして、そこにいませんか?」
「馬鹿な事を言っちゃいけないよ、噂をすれば何とやらという諺が日本にあるのは知っているが、噂をしただけで現れるならそれはもう召喚という人外の能力じゃないか、君」
「その通りだぞ。昔の事象を面白おかしく戒めるためにそういう言葉があるだけで、俺はそんな恐ろしい事があるとは思わない。あったとしたらそれは間違いなく怪異だ」
「フフ、その不可思議を可能にする、それがハードパンチャーだ。俺はハードパンチャーだぞ?」
もう、気付くも何も、三四郎とイヤーンも稲枝達が視線を向ける方向に首を急旋回させた。
居た、ハードパンチャーだ。




