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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第四章
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003 化物因子1



「お前か、店主に変なコーヒー豆送りやがったのは」

「おぉ、そうだが何かあったのかね?」



 英国紳士風の男が来るや否や、敵意を剝き出しにする三四郎。それもそのはず、これから準化物(セミ)化した守山稲枝が問題を引き起こし、それに引き回される可能性が十分にあるのだから、三四郎にあっては他人事では済まないのだ。敵意も当然、どうしてやろうかという暗い悪意さえ見えるようだった。



「何かあったかも糞も、随分と変わったんだよ店主が」

「それはそうだろう、そういう人智及ばぬ因子が入ってるのだからね」

「ほれって、つまりやっぱし…」



 会話に混ざった城下町少年だが、この時になって漸く三四郎と同じ考えに行き着いた。守山稲枝の変化に『化物因子』が関与している可能性がある! 出来ればもう関わりたくないものの名前を聞いて、少年の言は青褪めながらだった。



「『化物因子』か?! 人間は知らないはずだろう!」

「君たちはこの因子をそう呼んでいるのかね? そうか、ふぅむ」

「なんだ、何が引っ掛かる?」

「私は是に名前を付けていなかったんだ、特に必要もないと思っていたからなんだがね」

「それだけか?」

「それだけだ。何、そういう面白い思いつきもあるものなんだなと感心したのだ」

「舐めてるのか?」



 しれっと悪気なく帰って来る返答に、三四郎はもう抑えを必要とする理由はなかった。直ぐにでも飛び掛からん勢いで威圧するも、どこ吹く風と言った態度で男は次の言葉を返し、それで三四郎も黙ってしまった。



「舐めていないよ。君も種は違えど、私と同じ人外なのだろう?」



――――――――――



 英国紳士風の男の見た目は、正に人間の男性であり、疑う余地もない程だった。体形も背丈も、顔も佇まいも、全て人間としての(なり)と立ち振る舞いを網羅しており、何らの遜色もなかった。人間ベースに創造された三四郎とは似ても似つかない、完全な形の人間だった。


 男が纏う英国紳士風の服装は、目に入ったものを適当に見繕ったまでであって、中東で発生し、西欧へ渡ってから日本へ来た。然しその英国風の完成度たるや、本場の人間でさえも地元民であることを疑いもせず接していたのだというから、それ程に化物然とした雰囲気はないのであろう。


 西欧に渡ってから、暫くは呑気に生活をしていたある日。三四郎達と同じくして準化物(セミ)と出遭い、それは体の一部を他人の体に引っ付けることに執着した女だったが、その異常さに興味を持った。男は早速その女を腕に絡ませると、自宅へ持って帰り、体内外見境なく調べつくし、最終的に自身の能力を使ってその全貌を明かす事に成功した。



「私の能力は『広知(こうち)』なんだがね、ほぼ全ての物事についての知識を持つ事が出来るんだ。全知とまではいかないまでも、もう一つ『透視』と組み合わせるとこれが中々強力なんだ」



 男の能力は『広知』と『透視』の二つ。『広知』は、勉学、料理、音楽などジャンルを問わず見たもの全てにおいての知識を取得する能力で、『透視』は文字通り、壁の向こう側は無論人の体内などを透かして見ることのできる有り触れた能力だが、是に加えて見えないものでさえも肉眼で捉える事が出来るというその名には過ぎた内容となっている。この二つの組み合わせ、男が強力というのは次の事が関連している。



 一つ、『広知』は全知ではないので森羅万象を知識として持つことはない。知らない事は知らないのであり、これは本人に決定権はない。『広知』は見たもの(・・・・)にしか能力を発揮できない。

 一つ、然し、『透視』で以て、例えば人の体内に癌を見つけたとする。それまでに癌の知識を持っていなくとも、『透視』で癌を見て更に『広知』で見る事により、癌の組成、進行具合、また治療方法などを把握し知識を得ることが出来る。



 つまり、後手ではあるが、この世のほぼ全ての知識を有する機会を自ら作り出せるのだ。男は、これらの能力を合わせる事で、準化物(セミ)の体内に混在する『化物因子』とその作用を知識として身に付け、また時間をかけて人へ(さわ)るメカニズムとその応用で植物への因子混入を実現させた。




「私は列記とした化物であり、この地球上に存在する誰よりもこの因子に造詣が深いんだ」

「で、その因子を何でこいつに勧めたんだ。危険なものだって分かってたんだろ?」

「危険? 君たちが知らないだけであって、これの利用方法が分かれば寧ろ準化物(セミ)化への対応薬としてかなり有用性のあるものなんだがね」

「そんな訳ないだろう、ここのマスターは運良く攻撃的にならなかっただけで、他には害のある奴もいたんだぞ」

「それは自然的な発生と意図的な発生の違いなんじゃないかね? 君たち、色々聞きたいことはあるかもしれないが、一々聞いて答えてを繰り返していては面倒臭い。だから、私の『広知』で知り得た因子の知識と準化物(セミ)化に関する説明をさせて貰えないだろうか? 私は決して君たちの、少なくとも敵である認識は全くないし、これは君たちも知っておくべき事であるのだから」



 余裕を見せながら三四郎をいなし、英国紳士風の男は『化物因子』の再認識のための場を、誰の許可も得ることなく急遽開催し始めた。これにより、三四郎達が煮え湯を飲まされていた『化物因子』に対する懊悩(おうのう)、これが一瞬にして氷解することになったのだ。





 まず、君たちが持っている知識もお(さら)いするとして、基本知識として持ってほしいのは、この因子は普段我々が生活するこの地球上の空気、水、土、あらゆるところに漂っているもので、これは有史以来全く変わっていない事なんだ。この因子が急速に集まり、或いは運よく濃度を高めた時、我々人外は周囲の有機物質を掻き集められ発生する。…ここまでは良いね?


 それで、君たちが心配しているのは恐らく、この因子が動物や草木に混在することで我々と近いものに、良し悪しを以てその心身を変化させると思っている、そうだろう。それも正解だがね、然しそう事は単純なものではないのだよ。この因子の作用というものは意外にもストレートなものではないのだよ。



 君たちが一番危惧していることから先に話そうか。この因子だがあらゆる環境に漂っているだけで、何かしらの生物や物体から発されているものではない。勿論、我々の体から発散されるなどは有り得ないね。寧ろ、我々は消費しているのだよ。この世にこうして体を具現化させるにもエネルギーが必要なわけだからね。食べ物や飲み物から代替摂取出来ないこともないけど、因子に比べるとそれはもう効率の悪い事ったら有りやしないよね。我々はあらゆる環境下に漂う因子の吸収を、第一の栄養源にしているのだよ。


 つまり、これがどういう事かというと、世界の因子濃度の低減、いや一定化とか平均化と言った方がいいかな? まぁ(なら)しているという事だね。だから、我々と生活する時間が長い人間ほど、特濃の因子環境に苛まれにくくなって準化物(セミ)化する確率は低くなるんだ。



 じゃあ次は、人間の準化物(セミ)化についてだね。君たちはどう思っているだろう。多分、私の考えだが、君たちはこの因子に長く晒されたとか、濃度の濃いところにいたりして、適正の有る無しでそうなると思っているんじゃないかね? それはね、大きな間違いだよ。でもそれは仕方がないことだがね、私も最初はそう思っていたんだから。ここからは少し難しくなるから、ゆっくり落ち着いて聞いてほしい。コーヒーでも飲んで……あぁ、ここのはダメだったね、撃たれちゃうからね…。



 さぁ、話していくよ、落ち着いて聞いてね。人を準化物(セミ)に変貌させる要因として、体内の因子濃度を高くする、これだけだと条件としては不十分なんだ。不十分というか、濃度が高いままで保たれているなら準化物(セミ)化の心配は然程ない……あぁ、まどろっこしいから、ちょっともうプロセスから全部言うね。人の変貌を起こさせるためには、一度体内の因子濃度を高くして、低くして、もう一度高くさせる必要があるんだよね。要するに、跳躍の前にしゃがみ込む様な、反動を付けさせる必要があるんだがね…これがもう未知の物質とは言え、ただただ感心するばかりでさぁ…。ごめんね、話がズレたね。


 因子が濃い空間に長い事いて、体内の因子濃度が高くなっている時、まだ変化はないんだがね。それでも、人間の体には白血球を代表するような毒性やウイルス等の異物に対する機能が備わっていて、これが因子にも働いてやっつけようとする訳だ。変化はないって言ったけれども、ちょっとは熱が出るかもしれないね。個体差があるからそこまで調べてないけど。それで、因子に対する耐性が体内に組織されるんだけど、この因子もしつこくってね、耐性が感知しないまで存在を小さくするんだよ。小さくなって内臓とかの影にひっそり息を潜める訳。これが一度濃度が高くなってから低くなっていく過程で、そうして、次の機会を只管(ひたすら)に待つんだよね。因みに、この時に我々と一緒にいる時間を長くすると停滞期も長くなるんだがね、人外が傍にいる強運もそうそうない訳だ、…そこの小っちゃな君、少年は例外だね。



 さて、ここからだ。ここからが重要、大切な訳だね。



 一度体内の因子濃度が薄くなってから、因子濃度の高い空間に居る、因子を吸収する人外と接触していない。こういった状況に陥ると、勿論体には因子がどんどん吸収され続けて、また体内の因子濃度が高くなっていく。そうするとどうなるか。これが面白い所なんだがね、体内に隠れていた因子たちは、新たに吸収された因子に対して情報を提供するんだね。「この体は抗体が出来ているから、もっと我々が集まって一気に攻め落とせるその時を待つのだ」ってね。この情報を得た因子たちは、前からいる因子たちと一緒にこっそり隠れる訳だ。そうして、着々と因子濃度を高めながら、然し抗体に存在を感知されないように息を殺し続ける。


 やがて、その時が来る。周囲から吸収される因子と、体内に現存する因子の数が抗体の処理能力を超えると判断が下されると、一気に行動を開始するんだね。体、特に脳の仕組みの組み替えに奔走するんだ。絶対に勝てる状況だから、抗体なんてもう目じゃないよね、ただ暴虐の限りを尽くされて浸食は一方的で速やかだ。この時、体を侵食されている本人は、未知の体験をすることになる。大抵の人は通常の生活じゃ絶対に得られない、例え宇宙的神秘を再現する薬であっても味わえない様な、強烈な幸福や快楽を感じることになるんだがね、偶にその逆で耐えがたい苦痛に身を焼かれるっていうこともあるみたいだ、これは例としては少ないんだがね。これもその人の人生とか思想に左右されるものだから、飽くまでも統計的に見た上での傾向だよ。ともあれ、この特殊で大きな反動を以て人間が準化物(セミ)になる準備が整う訳だ。

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