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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第三章
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閑話休題 魔女のコーヒー屋さん



 湖岸に程近い、蔦に覆われた不気味な喫茶店。街の子供たちからはその不気味な見た目が功を奏し、『魔女のコーヒー屋さん』として肝試しの場所として使われる名誉ある喫茶店だ。

 そこの女マスター、名を守山稲枝と言う。彼女は飲食店に有るまじき長髪に、目が悪いのに矯正の類を付けない、コミュニケーションの不得意などが祟り、ネットのレビューにはある事無い事それはもう散々に書かれていた。



 然し、稲枝はそんな事も露知らず今日も来店少ないお客様をカウンターに座って待っていた。店内は電気を付けているにも関わず、暗く陰鬱で、天上の隅には蜘蛛の巣が張っている。また開店前と閉店後にしっかり掃除しているはずなのに、窓から差し込む陽射しに埃が映る。おまけに店外の壁には夥しい蔦が這い、駐車場には枯れた草が生い茂り、屋根には数羽の鴉が羽を休ませている有様。凡そ普通の店ではない、そんな異様な雰囲気を醸し出していた。



 稲枝は焦げ色のジャージ姿のままカウンターに座り、ぼぉっと考えに耽っていた。いつもコーヒーを一杯だけ頼んで、一切口を付けず本を読んで帰る少年。その少年の知り合いか、少女と、ムキムキと棒と巨人の化物。人外が来店することは予測していなかったが、最近客が増えているという事実に稲枝はご機嫌だ。

 


 時計は午後の十四時を指した。本日の来店数はまだゼロである。だがこれはいつもの事で、来るのであれば彼の少年か周りの化物共だ。暇であることは間違いないので、本日何度目かの食器等の洗浄、豆の入った瓶の整列などで時間を潰していたがそれももう限界だ。天上に張られた蜘蛛の巣も、その場所が高すぎて箒を使ってもどうやっても届かない。こうなってくると、いつものようにカウンターに腕枕で惰眠を(むさぼ)る他ないのだ。



 大学を卒業してから暫くは普通に働いて(勿論クビになった)、それで得た金と何とか漕ぎ着けた融資を元に開店した夢の城。老若男女の客に囲まれ、毎日美味しいコーヒーでおもてなし。現実は甘くなく、そのどれもが叶っていない。



「やってるかい?」



 突如の来客に驚き、稲枝は飛び起きた。少し年のいった英国紳士風の男で、今まで来店したことはない新規の客だった。



「………せ」

「アイスコーヒーを一つ、水出しじゃない方でお願いするよ」



 男はそう言うと、出来るだけ陽の当らない丸テーブルの席を見繕い、いかにも高そうな革のセカンドバッグを持ったままそこに座った。一言だけ「暑いねぇ」と呟く。暫しの抽出時間を置いて、稲枝はアイスコーヒーの配膳のためカウンターを立った。 



「ん? 何の臭いだね?」

「アイ………ヒー…す」

「?」



 男は謎の臭いと聞き取れない言葉に、表情には見せないものの少しだけ困惑した。ちょっと困惑してから稲枝の呪文は配膳を、臭いはコーヒーから出ている事が分かった。稲枝は既にカウンターに引っ込んでいた。



「おぉ、冷ましてあるのに何と言う臭いだね、これは」



 最早その奇妙振りに興味津々と言った風に、汗かくグラスを右から左から見る男。もう一度臭いを嗅いで眉間を顰める。稲枝もこういった挙動の客は初めてだったので、興味深そうに観察していた。



「味は……カァッ! (すっご)いねぇ…銃に撃たれたかと思ったよ…」 



 言葉の通り、男は銃撃に苦しむ様な皺を顔いっぱいに感嘆していた。付け合わせの小さな乾燥豆の袋を破き一摘み、口に運んでこれにも驚嘆したようで、急に饒舌になった。



「何という事だ。コーヒーだけじゃなくて既製品ですら不味い、彼女はとんだマッドバリスタだね。錬金術でも使ってないとおかしいよ、これは。どうやったらこんな手もつけてない個包装されたものが不味くなるんだろうね」



 あんまり不味い不味い言われるので、流石に稲枝も気分的に良くなくしょんぼりとしてしまった。然しまぁ、顔が覆われる程に長い黒髪のお陰でその怖い事怖い事。



「マスター、コーヒーありがとう。これお勘定ね」

「あ…………す」

「後これ。私も喫茶店やってるんだけど、これ良い豆だから淹れてみるといいよ」



 そう言って、心なしか青い顔で何かの袋を小銭と一緒にカウンターに置くと、実に短い滞在時間であったが男は退店していった。置かれた小銭を確認(ちょっと足りなかった)し、茶袋の中身を改めてみるとコーヒー豆というよりは丸い、小さな豆が一杯分だけ入っていた。見たことも無い豆は、不思議な事にあまり香りがしない。()る前だろうか、と稲枝はフライパンを用意し始めた。



 乾煎りしても香らない。ミルで挽いて、淹れてみると確かに黒いコーヒーだ、然し全く香りが無い。少し考えて、この豆の種類を調べてみようと思い立ち、全部使わずに残しておいた豆を持つと稲枝は自室へ向かった。





 結局、何も分からなかった。客も来なかったので、念入りに蔵書をひっくり返したり、ネットで検索してみたり存分にやってはみたが、とんと正体が掴めなかった。カウンターに戻ってくると、煎れたコーヒーはすっかり冷めていて湯気なんぞはもう気配すらなかった。



 落ち着いたコーヒーの様子をじぃっと見つめ、色合いやらで判断しようとしてもダメだった。後は飲んでみるしかない。先人は己の身を以て毒性の判断を下したのだ、と要らぬ勇気を持って、探し物に疲れていたこともあって、稲枝はクっと一思いにやってしまった。

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