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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第三章
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005 風の住人5



 さて、こうなると困ったのは箙瀬(えびらせ)達だった。

 恐怖を想起させる化物が目の前にいる。化物たちは未知なる力を有しており、いつ何時危害を加えられるか分からない。そんな得体の知れない奴らに囲まれ、意味不明の自転車乗りとの対決を見物されている。三個一は気が気でなかった。



「ブルーン、ブンブゥウン! さぁ」



 意味不明な自転車乗りは、意味不明な排気音を発して準備万端だ。先ほどまで、普通に会話をしていたのにこの有様だ。



「貴方方に仕置きをしていたのはバイクの時の私。即ち、私がここで貴方方への仕置きを再開するためには再度バイクになる必要があるのです。途中退室は認めません」



 憎き相手は目の前のまま、良く分からない口上を垂れ、いっその事帰ってしまいたい気持ちに満たされる箙瀬。然し、どうしても一発はくれて遣らないと、胸の奥底で這う胸糞の悪い気分は消えそうにない。後方で緊張して固まる二人を放置して、自分一人が敵前逃亡することなど自尊心が許さない。意を決し、箙瀬は秋山乗務員に向かって走り出した。



「ボケ糞ッ! 一発当てたら終いやろが! おおおぉん!」



 箙瀬が殴りかかるも、秋山乗務員は事も無げに避け、したり顔。然し、箙瀬も避けられたと分かると直ぐに左右を見回し、次に振り返って敵の姿を見つけると不自然なウィンクを一つしてから再度殴りかかった。是も避けられる。



()ッ?!」



 箙瀬の殴打は、決して当たっていない。フェイントをかけて、タイミングをずらし様に殴りおおせたのでもない。秋山乗務員の後頭部に走る衝撃は、後方からの勢理客(じっちゃく)の肘っ鉄のものだった。頭を抱え前のめりに蹈鞴(たたら)を踏む敵の間隙(かんげき)をつき、鬢櫛(びんぐし)が巨体をしならせる。相手を転ばせる事を目的とした、横から刈る様な蹴りだ。太い脚は秋山乗務員の後ろから炸裂し、呆気なく倒れた。



「おぉん! これで終わりじゃキ○ガイッ!」

「―――往生せいっ!」

「死ねェェェエ♡!」



 三個一同時のヤクザキック、秋山乗務員の頭部に向けての。その決着の時に、真白は逸らした顔に両手を(あて)がっていた。



「ブゥゥン驚きました。貴方方の信頼関係は余程強いようですね」



 蹴り音は三人の靴からであった。声は観客の方から聞こえてきた。



「それでも、私は貴方方に説かねばならない」



 いつの間にか移動していた秋山乗務員は、人間で出せるはずもない加速で踏み込んでくると、三個一一番の大柄である鬢櫛の前で停止した。



「―――!」

「まずは君からです。ブンッ!」



 空砲の如き音が轟いた。巨体が鮮やかに空を舞う。

 どれだけ贔屓目(ひいきめ)に見ようが、秋山乗務員は格闘家のような立派な肉付きはしていない。そこらにいる中肉中背で、準化物(セミ)になる前は運動不足にぎっくり腰もやっていた。



「痛いでしょう、泣きたいくらい、さぞ痛いでしょう。然し、その痛みは煙草の煙によって痛めつけられた貴方の呼吸器の慟哭でもあるのです。未成年でありながら喫煙に走る、その行いの愚かしい事が良く分かったでしょう!」



 では、何故この中年のおっさんが巨体をも打ち上げる、威力ある平手打ちを放てるのか。勿論、絡繰(からく)りがある。



「私は、貴方方を叩きたくないっ!」

「ゴェッ♡!!」



 秋山乗務員が相手に殴りかかる際、その後方には巨大な土埃が舞う。ピカタ三三(さんのじじょう)が力の制御無しに走る時と、同じ光景が見られるのだ。



「後は、貴方だけですね」

「……おぉっ…」

 


 そう、秋山乗務員は『滑走』によるその驚異的な速度に飽かして、一瞬で後方へ(ひるがえ)り、旋回し、戻って来るその速度を上乗せする事で平手打ちの威力を増していたのだ。丁度、走り幅跳びの選手のように、跳躍の瞬間のための推進力を高めていたのだ。



「私は、今から貴方を()ちます。これは私の意思ではありません」

「何を…っ!」

「今から放つこの右手は、貴方が感じる痛みは…。貴方の事を思い、貴方の幸せを望んで祈っていた貴方の御両親…。貴方のその不徳な素行に嘆く、貴方の先祖の御霊(みたま)…。そして、それらを()んだ私の怒りです!」

「お前の意思やんけおぉん!!」

「問答無用!」



 秋山乗務員が砂埃を纏った右平手を箙瀬の左頬に深く打ちつけると、ポンパドールの不良はガクリと項垂(うなだ)れ、所謂(いわゆる)女の子座りの形で地面に沈んだ。



「秋山さん強い! かっこいい~!」

「まだまだ師匠には敵わぬ、か…」

「ぐ、ぐぐッ…♡」



 観衆の賛美に交じり聞こえる、勢理客の呻き声。彼は他二人に比べると軽傷だったようで、何とか立ち上がると腫れた顔のまま秋山乗務員を睨みつけ、戦闘意識を露にした。



「む、私の平手に耐え立ち上がるとは…。貴方は他の方より徳が高いみたいですね」

「わ、訳分からん事ばっかし、言いよって…♡」

「でもラッキー! もっかい叩けるね!」

「は♡?」



 何の前振りもなく、わっと表情を柔和な笑顔に変えると、秋山乗務員が『滑走』する。常人でも視認が可能な速度であったが、それが余計に恐怖を呼び起こし、勢理客は慌てふためいて叫び声を発することしか出来なかった。



「わぁああ♡! わぁああああーーー♡!!」

「御両親の涙! フンっ!」

「ェゲッ♡!」

「御先祖様の無念! ハァッ!」

「グォッ♡!」

「私の怒り! タァッ!」

「ガッ♡!」



 三度、四度と平手を浴びせられる勢理客は、秋山乗務員の速度に追いつくことも叶わず、されるがままに両頬を腫らせていく。それに、(わざ)となのか力を抑えて秋山乗務員が打ち続けるものだから、勢理客は何時までたっても立ったままで倒れる事すら出来ないでいた。



「ね、ねぇジョージさん、あれ毒気戻ってきてないですか? 止めた方が良くないですか?」

「うん、流石にヤバそうだな」



 変な気が戻ったら厄介だ、と少々手遅れな気がするも『超速』で近寄り、暴れる影を捕まえた。秋山乗務員は少し抵抗するも、自身を掴む手が三三のものだと分かり、落ち着きを取り戻した。



「何故止めるのです、ジョージさん。これは私と彼らの問題…、彼らの御両親と先祖の嘆く御霊を救って差し上げねば」

「いや、やり過ぎやり過ぎ」



 不満げな秋山乗務員をどうどうと宥め何とか平手打ちを止めさせると、漸く勢理客は仰向けに倒れ泡をブクブクと吐き出した。



「オ゛…♡」

「ほれ見てみろ、彼のほっぺが風船のように腫れて真っ赤っかだ」

「然しまだ御両親の痛みは」

「お前もう殴りたいだけだろ」



 ()くして、秋山乗務員は見事不良三個一に対して仕置きを完了し、討伐せしめた。会場となった湖岸には、倒れ伏す学生服三つと、準化物(セミ)と化物の駆ける力で削がれた砂浜、もくもくと立ち上る砂埃とが見られ、爆撃の一つでも投下されたが如く見るも無残な状態に成り果てていた。



「秋山さん、ほら~、もう白目向いちゃってるから」

「いけません三四ちゃん、彼ら不良と自覚する方々は決まってゴキブリのような生命力で立ち上がってくるのです。ここで己の非行を顧みるまで徹底的に叩いてやらねば、再度過ちを犯し、それを見咎めた他の誰かが彼らを叩いてしまう! 身内でもない大人が子供を叩く…そんな事は許されることではありません犯罪です! 彼らに愛を説けるのは人の規則に則らない自然の一部であり風である私だけなのです! 私の平手はまだ叩きたいと鳴いています! もうパーでは我慢なりません! 次はグーでいきます! グーは気持ちいいですよ!」

「ダメだダメだ! もう終わりだ! 右手を下げろ!」

「嫌だ! 私の右手はまだ満足していないーーッ!」

「あ! 秋山さんそれ私のおっぱい! 掴まないで、揉まないで!」

「ブンブンブーーーーン!!」



 因みに、化物共の、秋山乗務員の意味不明な言動・遣り取りを見てトラウマが呼び起こされた真白は、短期間に二度目の失神を起こし砂浜に横になっている。化物たちの意味不明な時間は、いつもの事長くに渡り秋山乗務員の鎮静化に難儀した。()もありなん、不良たちの更生の為またもバイクに戻ってしまったのだから。



――――――――――



 本日二度目の『魔女のコーヒー屋さん』。女マスターが運び込まれた三個一の治療に、消毒液やら脱脂綿やらの用意でのっそりバタバタしている。とてもじゃないが、コーヒーの準備は望めそうにもない。



「ジョージさん、改めて本格的に解決を考えないと大変なことになりますよ」

「そうだな! ガーハーハー!」

「真面目に考えてください! 私の身がもちません!」

「まぁまぁ、そうカリカリせずとも案は出てきますよ」

「貴方のことが原因で話し合うんですよ! 何で平然と場を執成(とりな)そうとするんですか?!」



 丸いテーブルに椅子四つ。真白は最近自分がイラチになっていることを自覚していた。十中八九、化物と接触し珍事に見舞われる機会が増えているからである。(しか)も、その度追い回されたり失神しているからカッカするのも当然の事だろう。秋山乗務員の自身を顧みない発言にキィっとなりながらも、そういった事を考えるだけ真白はまだ頭のどこかに冷静さを残していた。



「一度治まったと思ったら、再度白熱。恐らく、不良たちとの一戦に気分が高揚したからだと思うんだが、どうだ?」

「正にその通りです。あの三人が難癖をつけてきた時、いつの間にか軽く楽しい気持ちになっていました。気付けばバイクに返り咲いていたのです」

「ブンブーン」

「三四ちゃん、今は真剣な話の最中なのです。私の過去の過ちを真似ている場合ではありません」

「ごめんなさーい」

「だから貴方の話なんです! 説教できる立場じゃないんですって!」



 自分の中の冷静さがジリジリと削られていく。真白は、平静が無くなる前に何とか納得できる案を考えたかったのだが、こう遅々として、化物共が会話に興するのであれば最早夢の事になるのではないかと、これも頭に血が上る。もう化物共に任せてはおけない、何とか自分で考えるしかない。真白は決意の内に、妙案を思いついた。



「ジョージさん、準化物(セミ)の気分が高揚するのって、やっぱり他人との接触がきっかけになってるんじゃないでしょうか」

「今んとこそんな感じだよな。ハードパンチャーの時も真白の姉ちゃんに話しかけてからだもんな!」

「えぇ、モノに異常な執着を見せる人がいたら別ですけど」

「ということは、人とそれから外界との接触をできるだけさせなかったら落ち着くはずだって、そんなとこか?」

「頭の回転早くできるなら、もっと前からそうしてくださいよ…」



 落胆に肩を落とす真白に詫びを入れ、三三は後を促す。



「つまり、人のいないか極端に少ない所で管理できる状態に置けば、暴走を未然に防ぐ確率が上がるわけです」

「ほう」

「でも、普通の人間に管理させるのは負担が多いわけですよ」

「成程……ん?」

「と言う事は、今できる一番の良策は、ジョージさんたちの家で隔離・管理するってことになります」

「ちょっと待った」

「待ちません。ジョージさん、秋山さんを持って帰ってください」



 真白の結論に、ガタッと立ち上がり身を乗り出す者がいた。


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