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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第三章
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004 風の住人4



「そんな訳で、連れて帰ってきたんだ! ガーハーハー!」

「嘘ぉ…」



 蔦の覆う、態度の悪い女マスターの店で、化物は愉快そうに笑った。次いで、憑き物が晴れたような顔の秋山乗務員が発言する。



「ええ、この度は大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「いえ、私たちよりも…」



 真白が暗い店の奥で伸びている不良三人を見て不憫そうに眉を下げると、秋山乗務員がそれを手で制した。ゆっくりとした動きで手を下げると、落ち着いた様子でまた話し始める。



「彼らは学生の身でありながら喫煙に耽っていたのです。あぁなってしまったのは彼らにとって教訓であり、戒めです。これをきっかけに禁煙へ努力してくれることを私は願っております」

「あぁ…ええ、そうですか」



 「毒気は抜いてきた」と、語った三三だったが、真白はどうもまだ燻ってるものがあるんじゃないかと疑いの念を抱かずにいられなかった。会話の端々に、準化物(セミ)の残り香を感じていたのだ。



「それにしても、秋山さん元気そうで良かったよ~」

「三四ちゃん、私はね、風になったんです。風は常に動いています。体調なんて人や動物の物…。私はね、自然ですから常に元気であるのですよ」

「へぇ~」

「貴方のお兄様の前では散ってしまいましたが、それでも私は、風のままなんです」



 此度二度目の珍事に、真白はどうしたら良いか考えあぐねていた。一度目の様に自身に被害が無かったとは言え、三四の知り合いとは言え、こんな呑気にテーブルを囲んで良かったのか。化物共はなぜそんなにも自然体で会話を織りなせるのか。不良三人を女マスターに任せていいものか。目の前の不味いコーヒーはどう処理すればいいのか。



「お前の速さも中々だったが相手が悪かったな!」

「はい、私は自分の世界の狭さを十分に思い知りました」

「でも、最後の加速はさすがに度肝を抜いたぞ。準化物(セミ)とは言っても、まさかあそこまで……あっ」



 何かに気付いたように声を上げる三三。真白は、女マスターに濡れタオルを顔面にかけられた不良たちを救助しに行き、その助ける手のまま三三を振り返った。



「もしかして、能力開眼したか?」

「能力? というのは…」

「俺の『超速』だとか、三四郎の『亜空間』みたいなやつなんだが」

「あぁ、あの事ですか」



 秋山乗務員は思い出を懐かしむ様に遠い目をしながら答えると、マグカップに口をつけ一口飲みこみ、感慨深そうに深い息を吐いた。



「ふぅ…不味い。どうなってるんでしょうね、このコーヒーは」

「それで、どうなんだ?」

「えぇ、私は確かにあの時、人の身を超える幸福感に貴方の言う能力の開眼を果たしたのでしょう。そうですね、あの時の感動のまま名付けるのであれば……そう、『滑走』ですかね」


 

 三三が「ほぉ」っと納得に腕を組み、それを見て秋山乗務員は柔和な笑みを浮かべた。そして、再びマグカップを手に取ると(おもむ)ろに一口。



「飲めば飲むほどに臭いも酷い。まるでドブで発酵する屁糞(へぐそ)の類だ」

「その人、本当に毒気抜けてますか?」

「……多分!」



 手にタオルを持ち、厄介そうに戻ってくる真白。彼女の顔は、来店して以来ずっと怪訝に固まったままだった。奥では女マスターがあれこれまた余計な事をしそうで、非常に危なっかしい。以前もそうだったが、真白は既にこの店を出たがっていた。



「無理して飲まなくてもいいんじゃないですか?」

「折角人が出してくれたものです、いくら不味いとはいえ残すのは不徳、罰当たりです。…ゴクッ。ふぅ……心なしか体調が…」

「もうダメ! 飲んじゃダメ!」



 真白がマグカップを取り上げようと掴みかかり、然し澄ました顔のまま抵抗する秋山乗務員。ハードパンチャーでもそうだったが、準化物(セミ)の一度決めた信念の貫きようは何なのか。この頑固な強固さはどう説明すればいい事やら。

 そんな、ぎゃあぎゃあ遣る真白たちを放っといて、三三は三四と話していた。



「『滑走』か…。言い得て妙だな。あの加速はグンという感じてはなくて、加速している事実を認識するにも遅れが出るほどに、実に滑らかだった」

「秋山さん、凄~い」

「貴方が、あの境地まで私を導いてくれたのです」

「ん?」



 真白にしがみ付かれながらも姿勢を崩さず、流し目で三三に話しかける秋山乗務員。



「私は風で、貴方がいたから、貴方に負けたくないと思ったから、あの境地まで至れました」

「秋山さん、どういうこと?」

「ふふ、闘いの世界における感傷について多くを語るは無粋なんです、三四ちゃん。察せと言うのも失礼な話ですが、私からこれ以上話す事はありません」

「訳分からんのは抜けてなかったな、まあ無害化は出来ただろう! ガーハーハー!」



 少なくとも、速度に対する毒気というのは抜けたのであろう。三口目を飲もうとする秋山乗務員に、もうあの好戦的な姿勢は見られなかった。こうもハードパンチャーと違う、その決定的な要因は、自身の能力に対する執着である。

 話を続けた三三は、秋山乗務員の話を聞くに、早期発見と己の能力の限界を知ったことで自己の肥大を防げたのが命運を分けたと考えた。仮に、この意見が正しいものだったとして、ともすると準化物(セミ)への対応と言うものは、早期発見を前提として人に害を与える存在かどうかの見極めを行った後に、処理か放置の判断を下さねばならない事になる。文に起こすとそう複雑でもないように思えるのだが、準化物(セミ)化する人間を予想し、ある程度の目付をしておかない限り早期発見とは無理な話で、次の行動へと移行することも難しいのだ。

 

 三三は難しい顔をして、せめてハードパンチャーみたいなものが生まれなければ、暫くは大丈夫だが…と、どうにも煮え切らない事ばかり考えていた。



「さて、不味いコーヒーも片付けたことですし、もう迷惑はかけませんからもう一度だけ湖岸の方にでも」

「おぉん、コラ」



 立ち上がり、財布を取り出そうとした秋山乗務員の目の前で、拳を机に叩き付ける者があった。



「―――散々コケにし腐りよって」

「もう終わりやわ♡」



 店の奥で伸びていた三個一であった。彼らは息を吹き返すと同時に秋山乗務員を見つけると、三人が三人示し合わせたように立ち上がり、一気に詰め寄って来たのだ。



「君たち、喫煙のみならず店内での暴力行為を示唆するその威勢は、明らかに学生……と言うよりは常人の常識やマナー・モラルと言った範囲を大きく逸脱しています。己の行いを悔い改め、真っ当な学生生活を」

「ガチャガチャやかましんじゃ、どこぞの神父様じゃ己、おぉん?」



 空気をピンと凍らせる冷たい殺意を瞳に映し、火山噴火にも似た心の激情をこめかみに、箙瀬(えびらせ)の切り返しは無駄な説教ばかり発する秋山乗務員の口を閉じさせた。化物二体はそれをポカンと見つめ、真白と稲枝は立つ場所は違えど尋常ならざる雰囲気に肝を冷やしていた。



「そういえば、君たちへのお仕置きがまだ途中でした、場所を変えましょう。ここでは迷惑になりますから」



 観念したのか、箙瀬の煽りに共鳴したのか、秋山乗務員は全員分の会計を机に置くと「ついてきなさい」と一言、玄関口へ立った。


 無論、プライドを散々に踏みにじられた箙瀬らがそのまま大人しく付いていくはずがなかった。彼らは、その自己意識の高さ故に此度の件を黙って終わらせる気もなければ、憎き相手を無事に帰す気も更々なかった。尽きぬ憎悪、後追い沸立つ憤怒。思い留めることは叶わず、玄関口に歩く秋山乗務員に向かって無言で箙瀬が走り出した。



 憎き相手に走る、唾棄すべき相手をもう少しでワヤに出来る。そう思いながら箙瀬は拳を打ち出し、その刹那に推進する真逆の方向へ恐るべき重力で引き戻された。衝撃に言葉も出ず、何が起こったか手や足元を見ると、箙瀬は元居た位置へ立ちすくんでいる事を理解し、また自分の胴元へ巻き付く人外の腕を確認した。三三だった。



「ば、化物…」



 血の気が引いて顔が青くなった。冷や汗はザァっと顔から降っていく。嘗て、久しぶりに会う城下町と楽しく遊ぼうと思っていた時に、同じような化物二体にやっつけられた恐怖の思い出が、箙瀬の脳裏を掠める。



「よう、ちょっと落ち着けよ」



 前とは違う、痩せた化物であった。箙瀬はその頼りない体を見ると、化物の腕の中から脱出せんと体幹に力を漲らせるが、何と不思議な事か、力を込めた個所から途端に脱力してしまうのだ。二度目、三度目と試みるが、うんともすんとも。やはり自分の力が抜けていく。奇妙奇天烈、やはり化物とは人間の常識からは遠く離れた存在なのか、と箙瀬は驚愕しそれはそれで酷く緊張してしまった。


 結論から言うと、三三は『超速』の能力で箙瀬の胴体に現れる動作の「起こり」を先回りに押して、或いは引いて制していたのだ。いくら化物とは言え、三四郎にも劣る三三の非力では血気盛んな若い男を押さえつけておくことは出来ず、いとも簡単に跳ね除けられてしまうだろう。それが分かっていたからこのような方法で箙瀬を制したのだ。結果、十分に恐怖を植え付けることに成ったのだが…。



「ジョージさん、放してあげてください」



 緊張に震える箙瀬を見て、化物の存在を改めて認識した後方の二人を見て、秋山乗務員はそう申請した。その顔は、あくまでも清閑としておりこの世の煩悩から離れたような、仏の如き眼を携えていた。



「でもよ」

「良いのです。彼らは、私に用があるのです。私も彼らに途中のお仕置きがあります。互いに合意とは言えずとも、互いの目的に相見える必要があるのですから、彼を抑え私から引き離す必要はありません、私と彼らの問題です」



 そう聞くと三三は箙瀬を解放し、「師弟愛」だとか何だとか抜かして勝手に感傷へ入った。



 邪魔はあったが、何はともあれ魔女の店の前。その裏手に見える湖。その湖岸の浜が、秋山乗務員と三個一の決戦の場となった。事が事なので、心配になった三四と真白、それから感傷に未だ涙ぐみながらの三三が観客として集まった。



「さて、貴方方の不満も分かります。貴方方の憤りも、私が意図して惹き起こしたものです。それに見合った仕返しがあるのも、当然承知のことです。然し、私は貴方方に説かねばなりません。未成年における喫煙の危険性、素行不良による将来への支障、それらによって流される親御さんの涙…。貴方方の全力を、私の全力で叩き伏し、その意味を理解して貰わねばなりません。私は風です。大いなる自然の一部です。貴方方の攻撃はおろか、不意打ちも闇討ちも意に介しません。何時でも来てくださって結構です。『滑走』の秋山、全霊をもって怒れる若者を救済して見せましょう」



 湖の穏やかな小波(さざなみ)を背に、秋山乗務員は口上を垂れた。


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