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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第一章
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002 日常1


 人が科学を発展させようと、自然が感情を露にしようと、時が流れるのは誠至極の摂理であり、三四郎が人目に触れてから五年が過ぎようとしていた。


 三四郎は日本最大の湖を誇る近江の、人里からは少し距離を置いた山の奥に居を構え、両親・妹と共に生活していた。

 自然発生した三四郎とは無論、血の繋がりはない。然し、やはり家族もまた自然発生した同種の化物なれば、人里離れた場所で共同生活を送っているのもそう無理な話ではあるまい。四人は奇しくも、この近江で偶々偶然にも出会い、楽しく生活する志を同じくして、人の文化を理解すべくまずは家族を形成することを立案・賛成し、そうした。


 化物の家族は姓をピカタと称し、各々の名は父・三一(みひと)、母・ミ(みひ)、妹・三四(みよ)と云う。同居している家族は以上で、余談ではあるが、放浪する三三(さんのじじょう)を兄に持ち、ニューヨークでマジシャンとして活躍する三四四一(みししっぴ)という日系アメリカ化物を親戚に持つ。


 化物たちが住まう邸は、茅葺屋根が特徴の二階建てだった。空き家だったものを勝手に拝借した。

 面積も大したもので、四人での生活では些か持て余す程だった。周囲には同じ系統の家屋が並ぶも、全て空き家で人の気配は一切なく、鹿や猿を始めとした野生動物たちが恐々と様子を見ていることが常であった。




 夏、午前六時。茅葺屋根の家の二階の奥、そこが三四郎の自室だった。

 引戸を開けると、奥に伸びる長細い十畳間で畳が敷き詰めてある。部屋にはズタボロのソファと、茶こけたリビングテーブル、座布団が幾つか、それらが南側の窓から差込む朝日で照らされている。奥の行止まりの壁に長辺を沿わせるようにベッドが置かれており、ベッドを挟み閉じる様に本棚が置かれていた。三四郎は煎餅のような掛布団を巨躯に侍らせ、寝息を立てていた。傍から見れば、巨大な岩塊が自然に膨らみ縮む異様な光景を見ているようだった。


 途端、けたたましい時計の絶叫が響き、その音量が余りにも大きすぎるために、三四郎は両耳(と言っていいのだろうか、ともかく頭部の両端である)から鮮血を噴出し、その勢いで両の瞳もラッパの口の様に開いた。直ぐ様時計を止めると、三四郎は痛みで眩む目を擦り、時間を確認し、時計のアラームを再度設定し、二度寝を食った。二十分後、同じ工程で起きるとそれが愈々起床のタイミングとなった。

 

 のっそりと起き上がり、腰布一枚。寝起きと出血でふらつくまま引戸を開け、階下を目指す。化物たちに睡眠は全く不必要なものであり、従って微睡に目を瞬かす必要もなかったが、街の飲食店で見たドラマに天啓を受け、これを生活に取り入れた。

 三四郎は、手摺を掴みながらゆっくりと階段を降下していく。百二十五キロの重量を受ける階段の段達は呻きを上げながら懸命に耐え、それでも時折細枝が折れるような軽快な音を鳴らした。


 三四郎が一階へ到達すると、その気配を察し妹・三四の明朗溌剌とした朝の挨拶が木霊した。



「四兄ちゃんおはよう!」



 三四郎の妹は見事な凹凸を体に宿し、少し癖のある腰まで届くブロンドの髪を靡かせている。瞳は、バランのように然し整然とした睫毛を羽織ったまま、宝石の如く絢爛たる光沢を放ち、美しかった。

 然しどうした事だろうか、三四郎は三度耳から出血し昏倒しそうになった。



「おぉ…、三四よ、おはよう。朝から元気で大変よろしい…」



 それもそのはず、三四郎の巨躯にも劣らぬその丈の長さ、ピカタ三四の身長は実に約九尺(凡そ二百七十センチ)。その恵体から発せられるヴァイタリティー漲る大声は炸裂するカノン砲を彷彿とさせ、地を揺らし、空を震わせ、空間を歪ませ、そして三四郎の鼓膜を破裂せしめた。また三四郎だけでなく、屋外では小鳥達が騒がしく四散し、木々の間に暮らす虫・動物は突然の地異に喚いた。

 何とか先制攻撃を堪えた三四郎ではあったが、返事を返すのが精々で臨戦態勢が解けず、両腕は俄かに強張り震えていた。



「三四よ、快活なのはいいが朝から砲撃を浴びせるのはちょっと、些か如何なものだろうか?」

「何言ってるの? 挨拶じゃん」

「デカ過ぎるんだ、声が」

「こうやって挨拶するとみんな『元気でいいね』って言ってくれるんだよ?」

「ん、、……」



 出血と脳震盪で思考はまとまらず、反論する気力も削がれたため三四郎は軽い返事で会話を打ち切った。そして、毎朝三四による破壊活動を思いやるに、周囲の人間達への憐憫が三四郎を更に陰鬱とさせた。

 三四は麓の高校へ通っているのだ。先日も自身を担任と称する学校の関係者から呼び出され『声がちょっと』というクレームを入れられたばかりで、その対応を請け負った三四郎は、ことこの問題に辟易としていた。


 すると、脳の歪が一段上がった気がして三四郎は蹈鞴を踏んだ。ふらりと右足が後方に動き、上体も態勢を整えようとこちらも少しばかり後方へ反った。額に手をそっとやり、一つため息をつくと三四郎は「ちょっと気分がよろしくない」と言い、「風邪かな?」と嘯いてもう一度寝ることを三四へ告げると再び階段を痛みつけて自室へと翻っていった。三十分後、同じ工程で起きるとそれが愈々活動開始のタイミングとなった。三四郎の鼓膜が吐血すること、計五回を数えた。



――――――――――



 三四郎は階下へ降りてきて、母ミ一が作る朝食を家族で囲んでいた。



「いやいや! やはり人間の食事というのは実に楽しい!」

「美味しいねー。毎日なのに全然飽きなーい!」

「がぽっ! がぱっ!」



 夫々口々に感想を垂れる。その光景を見てミ一は幸せを噛みしめ、目を細めた。

 昨今、人間界では母だけが家族の食を支えるなど時代錯誤だと非難される中、それでもミ一はこの役割に満足していた。愛する家族の笑顔を作るこの喜びは自身だけの特権であり、またその笑顔を見るのが大変に嬉しいのだ。最も、三四はともかくこの化物たちは笑うと己の目を覆う程にまで口が肥大し、それは傍から見れば正に化物と言う他例えようもないものないのだが…。



「我々には食事は必要ないと言うのに、口が止めたいと思わない! これは人間の料理というのが楽しいのか、ミ一の作るものなのだからか、いやいや、実に楽しい!」

「がぱがぱがぱ!」

「この味噌汁に入ってるクニャクニャ美味し~」

「それは、麩、よ、三四ちゃん」



化物たちの朝餉は喧しく、賑やかであった。



――――――――――



「では、三四を学校まで送ってくるぞ」

「行ってきまーす!」



 ミ一のいってらっしゃいという応答を聞くと三四郎、三四の二人は玄関を開け外へ。すると、それまで合唱を続けていたセミたちは一斉に口を噤んだ。三四郎達にとってはいつも通りの静かな朝だ。三四は今日も「静かだね」と三四郎にそれだけ語り掛けると、機嫌良く足早に進んでいった。これをやられると三四郎は途端に気持ちが騒がしくなる。三四の長い脚で先を急がれると、三四郎の短足では横に並ぶために疾走を要されるのだ。「待て」と声を掛けるも三四の足音に搔き消されるばかりで、無駄な徒労と分かってはいるものの発さずにはいられず、それと同時に三四郎は脚の高速回転を始めるのであった。


 深い木々の影を抜け、山の中腹まで降りると人気少ない限界集落に出る。若者が見えると幽鬼の如く扱いを受けるほど、高齢者に困らない村だ。村のスローガンは「無理は美徳」、未だ水田や畑など肉体労働へ若々しく汗を滴らせる矍鑠たる老人たちの姿を見ることが出来る。



「ピタカさんちのー! 毎日お早い移動で!」

「お婆ちゃん、おはよう!」

「おはよう!」



 この村へは市町村の計らいでバス代わりの予約タクシーを呼ぶことができ、しかも利用料は超格安ときている。三四郎と三四は週のうち最低五回はこのシステムを利用し、山と湖岸との中間にある学校へ向かうのだ。タクシーが来るまでの間は、村民へ話しかけ、或いは話しかけられる等して時間を潰している。初めはその奇怪な容姿に「あの世からの迎えが来た」と村中が騒然としたが、やはり五年も経つと長年を生きてきた順応能力が幸いし、普通の人と変わらぬ対応が当たり前になっていた。


 化物たちと老婆は皮肉を含んだ会話(と言っても不快になるものではなく、親しい仲で交わされる笑いを誘うものである)を二、三交わすと、やがてタクシーがやって来た。頻繁に利用するものだから、タクシードライバーも気さくに、何の心配もなく化物へ話しかける。これもやはり、傍から見るとこの世の光景か疑いたくなる違和感で満ちているのだが、既に誰も不思議とは思わないのであった。


 三四郎は助手席に、三四は寝そべる様な形で後部座席を陣取る。巨体二つが乗り込むとなると、タクシーの中は未知の肉体で満たされる。ドライバーは三四郎の肩幅に追いやられ、文字通り肩身の狭い状況に追いやられている。後部では見事な峰を構えたしなやかな体が横たわっている。これも茶飯の事であり、やはり慣れたものである。また、化物たちは無駄に体温が高いこともあり、それも二人となるとタクシーのエアコンを最低温度最大風量にしたとしても、全く追いつく気配を見せない。



「秋山さん、いつもすまんな。暑いだろう」

「なにぃ、もう慣れたわ」

「ごめんねー、私たち体あったかいから」

「ええにゃで、お嬢ちゃんのためやったら何処でも行ったるでな」



 窄まった肩肘を器用に操りながらハンドルを回す秋山と呼ばれるドライバーは、汗に濡れるシャツを緩ませ慣れた様子で答える。

 秋山は今年の春からタクシー会社へ就職した。社会にほとほと嫌気がさし、一人の時間の多いこの職を選んだ草臥れた三十二歳である。とはいえ、新天地での活動に気合を全く持ち併せなかった訳ではない。歩合制であることを最大限活かし、気楽に多めの給料を頂こうと小さな野心を燃やしていた。研修も終わり、やっと本格的に始動する、その矢先に会社の命を受けこの仕事を受け持つことになったのだ。


 秋山は、初めこの化物たちを見たときは己の気持ちにどう整理を着ければいいものか、散々に悩んだ。頭部の四角い大迫力の筋骨隆々に、通常の身長であれば素直に鼻の下を伸ばすことのできる豊満。人ではないものへの遭遇による恐怖や不安、事もあろうに学校に通っていて、しかももう一つ聞くに山の奥にはもう二体程居るという。

 とんでもない所に来たのだ、という結論は出たものの特に被害は無いので、今日においても己の常識を麻痺させ普通に接するように努めていた。そして、次第に慣れた。今はもう、化物たちは夏には少し厄介な客の二人に過ぎなかった。


 林に挟まれる山道を下っていく。先の理由により窓を全開に、夏の風を浴びながら三十分弱のドライブを楽しむ化物たち。街まで下りきると、いつも通り停留所のある最寄りのコンビニへ。三四郎はトイレ(化物に排泄の必要はない)へ、三四は学校に持ち込むお菓子とジュースを買いに、秋山は会社から禁止されている紫煙を雑に燻らせ、各々の休憩を取った。



「帰りもお願いしまーす!」



 三四の朗らかな会釈が響き渡ると、秋山は「あいよ」と返し、化物たちは更に下ったところにある高校へと向かった。慣れたとはいえ、それでも未だ珍しい後姿を見ながら一思いに煙を吐き出すと、秋山はそっと耳栓を外した。初日は、当たり前であるが耳栓なんぞ持っていなかったので暫く耳が利かなくなり、仕事に支障が出た。それを考えると、珍妙な生き物たちとそれなりの時間を共有してきたのだと変な気分になった。


 一通り物思いに耽ると、秋山は衣服を正し業務に戻った。


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