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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第三章
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001 風の住人1



 夏休みの時期、中頃ともなると何もすることなく手持ち無沙汰になる。多くの方が、一度は経験したことがあるのではないだろうか。経験したという前提で話を続けさせて貰うと、この三人もまた何もすることなく、ただ木陰の続く道をブラブラと行儀悪く歩いていた。



「暑っちーなぁ……おぉん?」

「―――茹りそうや」

「…ん♡」



 箙瀬(えびらせ)鬢櫛(びんぐし)勢理客(じっちゃく)、湖西高校きっての不良三個一である。

 彼らは、夏休みに入ると各々の趣味に没頭し、夫々の時間を有意義に活用していた。それが、中頃になってくると初期衝動も薄れ暇が出来たため、三人久しぶりに集まって街中に出ようとなった。然しこれが中々手持ち無沙汰なのだ。何もせずには帰れぬと、見かけた(つた)に覆われる怪しい喫茶店でアイスコーヒーを頼むものの、異常に不味く、クレームを付け金も払わずに出てきたのだ。



「にしても、さっきのコーヒーは不味かったなぁ、おぉん? あんなん初めてや」

「―――臭いも泥みたいやった」

「腐ってたんやないの♡?」



 こうして、不味いコーヒーに悪態を吐きつつも無事会話のネタを仕入れた三人は、木陰の続く道に出てきて、とは言え何をするでもなく歩き続けるという苦行を自ら行っていたのだ。



「おぉん、いつものベンチで煙草(ヤニ)でもどうやえ?」

「―――しまった、忘れて来てもた」

「バットやったらやるで♡」



 三人は歩き疲れ、学生には有るまじき喫煙で休憩を取ることにした。

 いつものベンチとは、木陰の続く道にバス停があり、この直ぐ後ろにある一つのベンチの事を言っている。そして、ここに簡素で所々塗装の剥げた赤い灰皿が一つ設置されているのだ。ここは不良三人にとって頻繁に利用する場所の一つであり、その理由はここのバス停を使用する住民の少なさとパトカーの巡回する頻度の少なさからであった。

 ベンチまで辿り着くと、三人は暑さに疲労した体をどっかり降ろし、胸の内側のポケットから各々の煙草を取り出した。鬢櫛は勢理客に分けてもらって火を点け、一息ついた。長期休暇であるのに、学生服を着ながら煙草を吸う三人の姿は案外堂に入っており、寧ろその若さに似合わず醸し出される貫禄は仕事に疲れ切った大人のそれだった。三人は、夏空に遠くから聞こえるバイクの排気音を聞きながら、意味もない会話をダラダラと続けた。



「フゥー、…。暇やのう…おぉん?」

「―――せやな」

「誰もやることあれへんねやな♡」

「やることやってもたからなぁ。にしても暑いわ。おぉーん、バイクも暑いのにご苦労さんやのぉ」

「なかなかリズムもええやん♡」

「―――俺はバイクは分からん」

「こっち来るで♡」

「おぉん! どんなバイクか見たろや」



 そうやってだべっていても、バイクの排気音は近付いて来るも重厚な振動を一切感じない。不思議に三人が顔をそちらにやると、熱気に揺れる自転車の影が一つ、こちらにやって来ているだけであった。



「あら♡? バイク()ーひんやん♡」

「おぉん、来たと思ったんやけどな」

「―――いや、待て」



 鬢櫛だけが異変に気付いたようで、強面でじっと自転車の様子を睨みつける。速い、自転車の割には。そして、バイクの排気音と思われた音はどうもその自転車が発信源であることを認めた。



「―――バイクやない、排気音はあの自転車(チャリ)や!」

「アホ言うなや、自転車にバイクの音出せるかい」

「どんどんこっち来とるやんけ♡!」



 火を点けた煙草は勝手に燃焼を続け、それでも三人は猛然と迫り来る自転車に意識を全て奪われていた。そして、排気音を奏でる自転車が近付くに連れ、その操縦者が次第に明らかになる。

 皺の多い背広を着た男だった。涼し気な顔で、然し脚はガチャガチャと不自然なくらいペダルを回している。自転車における最大速度を出力しているにも関わらず、脚以外は不動を守っているのがまた奇怪だった。そして、三個一が気にかけていた排気音の正体とは…。



「ブーーーン! ブンブクブゥゥゥウウウン!!」

「―――!!」

「なっ…」

「♡?!」



 自転車に跨る男の咆哮に他ならなかった。男は、自分の口で排気音の真似事をしながら、高速で自転車を走らせていたのだ。



「おぉん?! どうなってんねん!」

「―――速い!」

「口からマフラーの音出とるで♡!!」

「ブンウンウンーーーーー!!」



 驚愕に染まる三人を傍目に、男は口音と共に高速で走り去っていった。その後には一陣の風が通り抜け、暑い夏に戻った。



「おぉ…ん、けったいな事もあるもんやな…」

「―――頭のおかしいバカか?」

「あれっ♡」



 怪異は去った、はずだったが勢理客が言うが早く、怪異は滑らかな旋回でもってまたもや三人の前へ姿を現し、停止した。そしてゆっくりと澄んだ瞳で三人を見つめると、



「おっ♡」

「フッ…」

「オ゛ッ♡?!」



 小馬鹿にした鼻笑いを残してまた走り出した。無論、高い自意識を持つ三人の事だから、是を見るや否や、顔色を瞬時に赤く染め、こめかみに血管を浮かび上がらせ、その余りある精力を爆発させた。



「上等やんけボッケカス! 追い回してその皮剥いだらぁ!! おぉん!!」

「―――狂人かて容赦せんど!!」

「絶対○す♡!!」

 


 斯くして、狼三匹はこの気狂いに猛る怒りに一斉に立ち上がり、フィルターまで燃えた煙草をその場に投げ捨て、走り去って行く後ろ姿を追いかけ始めるのであった。



――――――――――



「あれ、ジョージさん、三四ちゃん」

「おぉ、真白の姉ちゃん! こんな所で奇遇だな! ガーハーハー!」

「真白ちゃーん、久しぶりー」



 安宅真白は、母の言伝(ことづて)で今夜の夕食に使う材料を買いに、広大な土地を最大限利用したショッピングモールに入っている比較的安い食品量販店へ来ていた。そんな折に、商品棚よりも高い身長とその傍らで歩く痩せぎすの不健康な化物を見つけ、声をかけたのだった。



「何買ってるのー?」

「鶏胸肉にブロッコリーに、トマト…健康的でいいな!」

「あの…人の買い物カゴ勝手に見るのってマナー違反じゃないですか?」

「あぁ、いや、済まん済まん!」



 三三(さんのじじょう)はいつもの豪快な笑いで詫びを入れるが、真白はちょっとだけ嫌な顔をした。これで自分の趣味が暴かれるのではないかと、有り得ない要らぬ心配をしたからだ。母から頼まれた食材は、肉とサラダに使う野菜というざっくりとした大雑把を良い事に、ふと思い出した美麗に満ちる肉体を持つ往年のビルダーの食事風景を踏襲したく魔が差し、これらを選択していた。真白が心配せずとも、これらは普通に食卓で見る材料であり、もとより可憐なる乙女が肉体美に思い焦がれてその食事を真似していると邪推する者なぞ誰一人存在しないのだ。これも、思春期らしい心配性の一つに過ぎないが、真白にとっては至極重大な事に変わりない。なので、真白は努めて話題を自分の買い物カゴから逸らした。



「三四ちゃんたちも買い物?」

「うん、お菓子とジュース買いに来たんだ!」

「日本の駄菓子はレベルが高い。お袋の食事は最高だが、それでもついつい欲しくなっちまうんだよな」

「あぁ、成程。じゃあ今日は三四郎さんとじゃなくてジョージさんと二人でタクシーで降りてきたんだね」



 真白が何気なくそう言うと、三四は困ったように眉をハの字に変えた。三三と目を合わせると、「実はね…」と口火を切った。



「いつものタクシーのおじさん、辞めちゃったんだよ。それでね、人数が足りないから車回せないってタクシー会社の人に言われちゃった」

「えっ、そんな理由(こと)ってあるの?」

「まぁ元々年齢でリタイアする人が多かったところに、その人も辞めちまってどうしようもないんだと。人間達も世知辛いな、三四郎の亜空間があるから問題ないっちゃ問題ないんだけども」

「でも私、タクシー好きだったんだよぅ。秋山さんも優しい人だったし」

「そうなんだ…」



 化物二人の送り迎えを担当していた秋山乗務員は、突如退職を申し出たとのこと。タクシーと秋山を気に入っていた三四は電話口で必死にその理由を問い、普通は退職理由について口外することはないがという前置きの上で『精神的疲労が祟って仕事の継続が困難だった』との答えを聞いた。



「もしかしたら、化物(わたし)たちの送り迎えが辛かったのかなって」

「学校で聞いてた話からすると、そんなことはないと思うんだけど……。もしかしたら家庭の事でストレスがあったかもしれないし」

「大方、仕事場で詰められでもしてたんじゃないか?」

「でもでも…」



 理由背景についての想像は尽きぬものの、起こった事は事実であり、買い物中ではあっても三四はその事をずっと頭に抱えていたのだ。

 また、三四だけでなく、ピカタ家よりも海抜の低い位置にある集落でも是は問題となっていた。集落にとってバス代わりのタクシーとは生活に欠かせない一つになってたため、これが無くなると日常生活が困難となってくる。そこで化物一家と村は一団となり蜂起(ほうき)して、地域新聞にも取り上げられたが、行動空しく殿様商売に身を置く会社からは「無理なものは無理」と呆気なくあしらわれてしまった。

 困り果てた村の自治会は会議を重ね、代替案として三四郎が亜空間で村民を病院や買い物に連れて行くという、訳の分からないものを通してしまった。無論、三四郎は声を上げるも、曰く「長年培われた老人たちの難癖付けの遣り方は、実に矛先を間違えた怒りを、或いは弱者である事への同情などを武器として、俺の至極真っ当な意見は(ことごと)く返り討ちにされてしまった」との事。戦闘空しく、三四郎は今日も病院へ、買い物へ、はたまた約束に無い無茶な旅行へ老人たちを送り迎えしているのだ。因みに、それでも抗議を続ける三四郎には亜空間一回につき百円、往復だと二百円を支払うことを条件に、何とか怒りを治めて貰うに至ったらしい。破格過ぎる数字だが、今では日に最低でも五千円、高い時で二万円を稼いでいる。



「お」

「どうしました?」

「噂の秋山先生が近くにいるっぽいぞ」

「それも何かの特殊能力ですか?」

「あぁ、『予知』だ。俺たちが秋山氏に会うのが見えた」

「あっホントだ?! 直ぐ会いに行こっ?」

「落ち着け、『予知』で見たからどうやったって会う。まずはお菓子だ。BBQ味のチップスを食いたいんだ、俺は」

「そんなの待てないよ~」



 逸る三四の言葉をゾンザイに扱い、(ついで)に偶然会った真白を引き連れて化物たちは買い物を続けた。余談であるが、三三の求める芋を揚げた駄菓子は見事に売り切れていて、店員に尋ねても在庫が無いの一点張り。押しても引いても転がしても一向に物が出て来くる展開にならないので、終いに三三は「何のためにここまで降りてきたんだ」とがっくり肩を落とし、フクれて暫く口を開かぬまま買い物を続ける女二人の後を歩いた。

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