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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第二章
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004 ハードパンチャー1



 地上を焼き尽くさんと燦燦と輝く夏の太陽、暑い暑い夏だ。ただ体があるだけで汗が流れる、喉の渇きも他の季節と比べると尋常ではない速度で水分の要求を訴える。そんな中、少女は折角のオシャレをも考えず街を全力で駆けていた。それを追いかける形で、三十前後の男が駆けている。



「助けてっ! 助けてっ!」

「おい! 何故逃げる? ハードパンチャーを何だと思ってるんだ! ハードパンチャーだぞっ!!」



 男はやけに「ハードパンチャー」に固執して、意味不明な言葉のまま幼気な少女を追い立てる。不幸なことに、この町の人口は田舎故に少なく、また真白が足を延ばした書店も人通りの少ない裏の方の路地にあったので、彼女の嘆願は悲しく響くだけであり、やがて蝉の鳴き声に掻き消されてしまう始末であった。



 少女は賢かった。矢鱈無闇に逃げるのではなく、住宅街に入り込むと狂人に悟られぬようグルグルと複雑に構成された道を回り続けた。人目の少ない通りよりも、確実に人の気配がある人家の集中するこのブロック内であれば、いずれ叫び声に気付き警察へ通報してくれる誰かしかがいるはずだと考えたからだ。そしてその考えは功を奏し、一人の少年が助けを呼ぶに至る。



――――――――――



 夏真っ盛り、日中お気に入りの本を読んでばかりだった城下町少年には耐えがたい季節。然し、今日は何となく本を買う気になり、休暇には珍しい外出。家から程近い古本屋に出かけていた。丁度、真白が行った書店とは真逆の方角にあり、一応立ち読み客を考慮してかしょうもない木組みの椅子が幾つか置かれている、本好きの偏屈爺が道楽でやっている個人店。独特のじめっとした雰囲気も城下町少年の気に入る所で、品揃えに少々不満があるも足繁(あしげ)く通っていた。


 三つ四つばかりのカビ臭い本を、今にも崩壊しそうな本の塔を積んだカウンターに置き、何があろうとなかろうと爺が溢すイヤミを聞きながら無事購入、気分良く退店する。ついでに、店の正面に置いてあるボロっちい自販機で、最近のお気に入りである「梅よいね」を買うと、気分上々、足音軽く帰路に着いた。


 緑少ない住宅街に入ると、セロハンで雑に口を止められた紙袋をガサガサさせながら、暑さに耐えかねもう片方に持つ飲み物に口を付けた。食道を流れる心地良い冷たさを感じながら満足いくまで喉を鳴らすと、少年は自分が目を瞑りながらペットボトルを傾けていた事に気付き、気付いた所で特に起こりうる感情もなく、只管(ひたすら)に暑い暑いとトロトロ自宅へ急いだ。



「助けてーーーぇ!」



 何の悲鳴か、少年は炎天下に晒された所為で聞こえた幻聴かと思った。家には外出時に点けたエアコンの冷気で冷やされた部屋と、夏であれば冷蔵庫に常時備えられている麦茶が待っている。 



「たすけっ助けーーー!」



 やはり悲鳴であった。それも、若い女の。足を止めて集中すると聞こえてくる方向も何となく分かる、自分の家の近くだ。次の曲がり角を左に折れ、暫く進んだ小さな地蔵の洞のある十字路まで行くと、その右角に家がある。行くべきか行かざるべきか悩んでいると、女の声に交じってよく分からない男の声が聞こえてきた。



「ハードパンチャーだぞー? おーい!」



 おかしな男に若い女が追い回されている、そんな状況が頭に浮かんだ少年は、再び歩き始める事に戸惑った。困ったことに、二つの声はどうやらこちらに向かってきているようで、逃げるべきか逃げざるべきか、考える暇もなくその正体は明らかとなった。



「!! 城下町くん! 助けて!」



 三四郎の助力を得て天敵を撃退したあの日以降、三四と共に話しかけてくれるようになった少女、安宅真白だった。今ではすっかり仲良くなり、クラスは違うものの偶に授業と授業の合間時間を共に過ごすようになっていた。三四はともかくとして、少年の少女に対する第一印象は、可憐であった。生来の気の良さと、飾り気を抑え目にした容姿が対人恐怖症になりかけていた少年にも優しく、柔らかい口調はいつまでも時間を共にしたい気持ちを少年に抱かせていた。


 少年は、妄想の中ではいつでも英雄だった。突如襲来する国家を脅かす悪の使徒、混乱に逃げ惑う学友たち、勇猛果敢に敵へ立ち向かう自分。乱暴に振り回される凶刃を交わし、華麗に一発。脚を薙ぎ払い、転げさせる。立ち上がり、現れた抵抗者を制圧し絶命せしめんと反撃に出る出鼻に渾身鮮烈な低空右フック。糸が切れるように昏倒する脅威、それを背に事も無げに逃げ遅れた生徒を気遣う。そして教室は英雄の誕生に湧き、男子からは憧れを、女子からは恋慕の思いを受け、面白おかしい学園生活を享受する。


 遂に、その時が来た。端正な顔を恐怖に崩し、可哀そうに折角の愛らしい服を乱し、汗をかいて必死に助けを求める少女。要旨の分からぬ言葉で少女を脅かし、追い回す瘋癲(ふうてん)の男。少年はクっと背中に力を込めると、元来た道を逃げた。



「何でよ!!」



 背を向けて走る少年に向けて叫ぶ真白。彼女の嘆願は、またも蝉の餌食となる。



「あかん、それはあかんで! ごめんな!」

「城下町ぃいいーー!!」



 嘆願は怨嗟に変わり、少年の名を呼ぶ声には呪詛の力さえ感じられる力強さが見える。乙女はそれ程衰弱し、他人を気遣う余裕なぞなかったのだ。額から、胸から、背中から汗で濡れていない箇所はなく、酷使に対する脚は疲労に笑い、肺が灼熱に焦げる。回転を止め一呼吸落ち着けたいところだが、そうすると狂人に追っつかれハードパンチをお見舞いされる。真白は半分発狂しそうになりながら、それでも何とか動きは続けた。



「あかん、あかんて……三四郎呼ばな」



 顔馴染みの家の庭に逃げおおせた少年・城下町はスマホを取り出すと、恩人ピカタ三四郎にコールを鳴らした。





「もう……ダメだ…ぁ」



 奮闘十五分、走り続けるも遂に体力の弱りは真白の精神を上回り、成す術もなく地面に膝を着いた。ハードパンチャーが直ぐ後ろにまで迫っていることは十分承知していながら、既に脚は鉛の如き重さで指の一本も動かす事叶わない。熱に茹だる体とは真逆に顔は汗に冷め、気分も悪くなってくる。


 荒げる呼吸のまま四つん這いになっていると、次第に怒りが湧いてきた。陽に焼かれたコンクリートに、着く手と膝が熱される。陽射しが追い打ちを掛けてくる。何故、一小市民である所の自分が訳の分からぬ暴漢にこのクソ暑い中追い回され恐怖し慄かなければならないのか。ただ彫刻のような肉体の飾られる雑誌を探していただけなのに。

 真白は涙に瞳を滲ませると、キッと振り返り外敵と相まみえた。



「お、おどれぇ…いちびりよって」

「なんだお前は? ハードパンチャーに恐れをなし逃げた小僧じゃないか。助けを求める女の子を放って情けなく背中を見せたチビじゃないか!」

「やかましい! 安宅に手ぇ出してへんだぁ通らんぞ!」

「何を言っている、俺はハードパンチャーだからこそその意志に従って行動しているまでだ。理屈や道理など、まかり通らない!」

「○(カス)やんけ、会話でけへんやんか!」



 真白の前に、小さな姿があった。城下町少年が健気にも戻って来ていたのだ。



「城下町ィ!」

(ジキ)、三四郎が来る! 我慢したってや!」



 吠える真白の顔には、その発言からしてもいつもの温和な雰囲気がない。唸る犬のように皺を寄せた顔で、地に低く城下町を睨み付けている。その様子をみて、他人事にも城下町は是を可哀そうと思い、心が義憤に燃えた。元凶の一因として自身が関与していることは、残念ながら冷静を欠く思考で至るに及ばなかった。



「まぁ、とりあえずは訛りの強い坊主、お前だ。ふふっ、行くぞ! そぉっれ!」



 軽やかな破顔のまま拳を振り上げるハードパンチャー。来る衝撃に備え、城下町少年は瞬間的に瞼を閉じた。



 鈍い衝撃音に、暗闇の中とうとう殴られたのだと感じた少年だったが、来る痛撃の痛苦が無い。けったいな事象に右目だけ開き、チラリと見やるに、謎が解けた。



「オォッ?!」

「痛えぇえっ!!」



 三四郎が亜空間から顔だけ覗かせ、少年の代わりに一発貰っていた。拳は三四郎の右頬深くまで()り込み、それに目と口が流れよく分からない表情になっている。何はともあれ、馳せ参じた急な巨体に城下町は安堵にぺたんとへたり込み、真白は(ようや)く顔の緊張を解し、その瞳に天上の神々への万謝の礼を浮かべた。



「ば、化物だと?! 構わん俺はハードパンチャーだ!!」

「痛い痛い痛い!! 何何何何?!!」



 常人ならば驚き、後退りもしよう登場の仕方だが、狂人は右、左と拳の投擲を止めず、顔だけ出した化物はいいように玩具にされた。狂人の打撃はハードパンチャーと自称するだけ強く、三四郎の四角い頭部は見る間に凸凹に凹んでいく。ハードパンチャーは伊達ではなかった。



「止めんか!」

「ブグッ!」



 堪らずコルクの様に亜空間から弾け出た化物は、その勢いのまま砲弾となり狂人諸共倒れ伏した。百二十五キロもの重さが一挙に降り掛かり、流石の狂人も呼吸が出来ず一時、停止した。



「この、ぬぅ! 大人しくしろっ!」

「ぐぐぐ…」



 三四郎は好機と見て、これ幸いにと体重を上手く使って抑えにかかる。呼吸を再開した狂人は、巨体から逃れるべく(あたか)も芋虫の様にもごもご蠢くが(かんば)しくない。焼けた道路の上でむさ苦しくも二体の男はくんずほぐれつで正視に耐えない。



「おぉ、噂の準化物はこのような感じなのだな」

「やっぱり日本にもいたか!」

「あら、大変」

「うわ、四兄ちゃん真っ赤っか!」



 突如わらわら出てくる化物集団、三四郎の残した亜空間からだ。増える化物どもにビクリと体を震わせる城下町と真白、暑さも忘れ万華鏡の如き不可思議な様子の変化を現実として認識することに拒否を示していた。



「あいたっ」



 制圧に疲労する三四郎を雑に殴り抜けると、狂人は立ち上がり、再び拳に力を握る。口元だけをニッっと上げて万端の臨戦態勢を整えた。ところが、こちらに向かってくる気配もないので、三四郎は背後でやあやあ騒ぐ化物たちに「どうする」と声をかけ、答えを待った。



「ふーむ、別に殴ってくるだけでは然程こちらの優位的立場というのは確立されていないのではないか?」

「でもさ親父、人間の間では決闘はご法度らしいぞ!」

「これ決闘なの?」

「決闘というには、些か一方的な気もするが…。兎角化物の攻撃とあれば、例え三四郎の非力でもそれなりのダメージは行ってしまう。やはり退避が真っ当な対応ではないか?」

「じゃああの攻撃的な奴はどうするよ、追ってきて貰っても面倒だ」



 化物の協議中、ミ一は二人の人間を介護していた。「怖かったね」と一声聞いた真白は涙交じりで頷いていたが、目の前の脅威は去ったわけでもない。気の抜けない状態は変わっておらず、狂人と三四郎は睨めっこのまま膠着していた。

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