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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第二章
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003 準化物



「おーい! やるなぁ! 俺も凄いこと出来るぞッ、そらっ!」



 一人の、ただの人だった。



「俺なんて、この固くて美味そうなリンゴを額で割れるんだぞ! そらっ!」



 爽やかな微笑みのまま掌のリンゴ目がけて額を打ち下ろす男、リンゴは見事に割れ飛び散る果肉と果汁は爽やかな香りを撒き散らしながらフロアを汚していく。



「まだまだあるぞっ! そらっ!」



 一つでは飽き足らず、手提げ袋から二つ目のリンゴを取り出すとまたもや額を打ち下ろす。マジックとは何の関係もない、称賛でもヤジでもないただの奇行に、三三は無い眉を寄せ首をグッと前へ伸ばした。怪事に気付いたのは三四四一も同じで、然しショーの最中であるからこちらは異変を悟られぬよう、努めてマジックの遂行に集中した。



 やんわりと口角の上がった、純なる綻びで三つ目のリンゴを破壊する。終ぞ取り出したスイカを破壊せしめようと頭を振りかぶった所で、駆けつけた二人の警備員に取り押さえられた。



「ファーーーーック! お前、何してる!」

「なんだ! 俺は額でリンゴを割っていただけだ!」

「おかしいだろ! 狂ってんのか!」

「逆にリンゴを額で割ることの何が悪いんだ!」

「うるせえ! 家でやれ!」



 マジックに湧く観客席の中で不毛な取っ組み合いをする三名。男は意味不明な発言と抵抗を繰り返し、警備員に引き摺られるような形で退場していった。それと同時に、マジックショーは最大の盛況を最後に、赤幕が再び一礼する化物の姿を隠した。冷めやらぬ熱烈な興奮、喝采。司会が本日の終焉をアナウンスするのを聞き、二体の化物は直ぐに舞台の事務所へ向かった。





「俺はリンゴを額で割っていただけだ」

「何故、ソンナ事ヲ?」



 椅子に座らされた男は、意外にもピシリとしたスーツを身に付けている所為か、いやに堂々として見えた。その表情は己の正当性の自信に満ちており、澄んだ瞳は化物二体をしっかりと見つめ射貫いていた。



「逆に聞くが、リンゴを額で割ることに何かしらの犯罪性があると思っているのか?」

「違う、そうじゃなくて何故態々マジックショーの最中に、役者でもないお前がフロアを汚してまでリンゴを割り始めたのか、単純に聞いているんだ」

「リンゴを額で割る……その行為に何故もクソもない。俺はリンゴを額で割る男だからして、リンゴを額で割ることに一切の躊躇がないんだ」



 そう言うと、男はまたもやリンゴを取り出し、爽やかな微笑みを携えた。それを見るや否や、三三は「止めろ! リンゴを割るな!」と掴みかかり制した。



「じょーじ、気ニナルコトハ無イ?」

「ん!? こいつが狂ってる以外に何かあるのか?」

「化物ノ因子ネ」



 三三はハッとした。

 日本に、アメリカに、地球に化物が誕生したのは、地中や水中或いは空気中にある有機物質の化学的変化・進化の末ではない。化物の自然発生、そこには地球の法則を全く無視したとある不可解な因子が関係している。



『化物因子』



 ある時から、人類には全く感知されることなく漂い始めた傍迷惑な物質。この物質が風に乗り、波に流され、または作為的に集められ、空間における濃度を高めたその時。化物因子は周囲の有機物質を引き寄せ融合させ、未知なる力を宿した化物を生成するのだ。



 ではこの『化物因子』、人体にとってどのような影響を(もたら)すのか?



 山、海、川、至る所を漂う目に見えぬ小さく軽い迷惑。無論、人の生活の場にも流れ漂う。人や動物が是を呼吸と共に吸い込み、或いは食物に交じり胃の中へ取り込む。そうすると一体どうなるのか。



 一例としては、ピカタ家の家事に従事るミ一がある。彼女は長年『化物因子』に曝露された結果、人の到達し得ない力を身に宿した。これは、そも化物に対する適正があったために益となり、一切の副作用を引き起こすことなく準化物として細胞の再編成が行われた好例である。ミ一は幸運だったのだ。これが化物に対しての適正がないと、この因子が非常に厄介な仕事をする。


 まず、常に軽躁な気分が脳を支配する。次いで、己の憧憬や望む行為に対して理性的でなくなる。謂わば社会的思想の枷から解き放たれた状態になるのだ。幸いなのは、人命を脅かす程の強烈な犯罪行為の類には全く作用を及ぼすことなく、ただ乱痴気する御機嫌な化物を造り上げる点か。そしてこの悪例においても、ミ一のように極偶に特殊な力を発現させる例を持つ。




「そうか! ともすればこいつ、こちら側か!」

「多分ソウネ。私タチニモ化物ニナッテルカ確カメヨウモ無イ事ダケレドモ」

「なんだ? 化物扱いとは酷いじゃないか、俺はリンゴを額で割る善良市民だ」

「意味不明な発言からして、百、そうだな」



 化物同士が会話する一瞬の隙を突き、男はリンゴを割ることに成功する。男を組み伏せていた三三は、弾けるリンゴの果肉に目を突かれ思わず手を離した。



「ほっほー!」



 化物の拘束が緩み、爆発的な速度で抜け出し事務所を飛び出す男。二体の化物は特に追うことはせず、どうしたら良いものかと呆然と消え去る足音を聞いていた。



…………………………



「あんなのが来るのか、大変だな」

「ソウヨ、りんごおじさんハ今日ガ初メテダッタケド」

「そうか…」



 三三は、ほとほと困り果てた。珍客が多いとは事前の情報だったが、まさかまさか聞き及ぶに最低でも八体もの別個体が存在しているらしい事が分かったからだ。やけに、多い、と。



「この一帯で八人だろ? 地球全体に因子が舞ってる事を考えたら、かなりの量が居るんじゃないか?」

「ソウネ……、日本ノ…さんしーごー達ノ近クニモ居ルカモシレナイヨ」



 この数年、三四郎達からそういった旨の話をまだ聞いていなかったので、三三はまだそういった怪異に遭遇せぬうちに報告すべきだと思い立った。化物への対処は、人間にはちと荷が重い。事の顛末を話し、対処できる範囲では三四郎達を頼るのが得策だろうと、二体の化物は結論を出した。



「では、俺は日本に帰る。一日だけだったが楽しかったぞ」

「寂シイネ、マタ来テヨ。今度ハ新鮮ナとまとトこくノ強イちーずガタップリ乗ッタぴざノオ店ヲ紹介スルヨ」

「そうか! それはきっとさぞ美味いんだろう、沢山頂きに来るとするか! それでは達者でな! ガーハーハー!」



 別れを告げると、三三は日本に向かい、その超速で以て西へと駆け出した。人間の十六倍で旋転する脚は、踏みしめる道を破壊し、砂塵を巻き上げ、一瞬の間に遥か遠くまで砂煙の軌道を形成した。



「何時見テモ凄マジイネ。僕モ強力ナ能力ダッタラ良カッタノニナ」



 既に見えなくなった三三の後姿をいつまでも見送り、アメリカの化物は少し物寂しい思案を巡らせた。



――――――――――



「そうして俺は海を渡り、山を越え戻ってきたわけだな! ガーハーハー!」

「水の上を走れるのってやっぱり便利だね」

「海の生き物たちも、さぞ驚いたことだろう」


 

 全て話し終わった三三は、ふぅと息を吐くとミ一の出してくれたパインジュースで喉を潤した。清爽な酸味が喋り疲れた口内に心地よく、グラスに汗をかかせる冷涼な温度が体に籠る熱を和らげる。三三はグラスになみなみ注がれたそれを一気に飲み干すと、「もう一杯!」と母にグラスを渡し、また喋り始めた。



「それでだ! 親父、三四郎、それから三四。もし、こういった奴らと遭遇したらうまく対処してくれ」

「対処しろって、まぁそれは良いが『どうやって』のところは何かないのか?」

「無い! 俺も知らん! ガーハーハー!」

「三兄ちゃん無責任~」



 夫々(それぞれ)が夫々、質問と感想を垂れる。漠然とした三三の提案に、化物家族は特に是といった対応策を出せるわけもなく、ああでもないこうでもないと議論を重ねるも無駄な時間だけが過ぎた。



「ふぅむ、ジョージ。お前が気付いてくれたことは非常に有益だ」



 それまで胡坐で腕を組み、ずっしりと構え沈黙に徹していた大黒柱、ピカタ三一はゆっくりと口を開いた。



「儂も、我々化物と呼ばれる存在が一つの時間に誕生し過ぎているんじゃないかと気付いてはいたが、人には害をなさないだろうと悠長にしていたのだ。儂らより以前の化物誕生の事例を見ても精々が二体までで、ここにいる四体とアメリカの三四四一の総勢五体は異例も異例だ。これが我々の因子を増加に至らしめた原因なのではないかと儂は思っとる」

「私達がそんな変なのバラ蒔いちゃってるってこと?」

「儂らが直接放出しているかは儂にも分らん。が、恐らくはそうだろうと思う」

「えー、ヤダー」

「だから私も力を持てたのね、嬉しい」

「親父の考えからすると……ジョージ、お前ばら撒きにいってないか?」



 不意に変わる雰囲気。三四郎の気付きが、家族の空気に緊張を走らせる。思いもしない質問に「え?」と間抜けな声を上げた三三だったが、ちょっと間を置くと「あっ!」と何かに思い当たった様だった。そして、三四郎が次の言葉を紡ごうとした時に、軽快な音楽が流れ始めた。



「おぉ! 親父見てくれ! 俺のスマホが遂に鳴ったぞ、友人からの着信が届いたぞ!」

「うむ、喜ばしい事だ。直ぐに出てあげなさい」

「あぁ!」



 三四郎はスマホを手に取ると、画面には『彦根城下町』という文字が表示されており、それを確認すると急いで応答した。



「彦根城下町! どうした、嬉しいぞ!」



 初めての電話に心躍らせる巨体の化物。その様子とは相対して、電話の相手は急を知らせる焦りの言葉を発した。



「三四郎、すぐ来てや! 変な奴がおる!」




――――――――――




「お姉さん、ちょっといいかな?」



 休暇中、偶には本でも買おうと書店を物色していた真白は「はい?」と応答し振り返ると、三十前後の困り眉の男が立っていた。何とも普通の男で、何かを探しているのだろうか、ソワソワしながら尋ねてきた。乙女らしからぬ雄々しいコーナーの一角での声掛けに、真白は少し居心地悪そうにしながらも不遜な態度は不徳だと己を律し、真摯に努めた。



「ごめんね、俺、ハードパンチャーなんだけどさ、ちょっと腹部に一発入れさせて貰っていいかな?」

「は?」



 要領を得ない、全く聞いた事もない質問に真白の頭は真っ白になった。今日は偶の休日で、久々に本を買おうとして、気の迷いでトレーニング雑誌の棚を眺めていたところで、特に美しい肉体が表紙を飾った雑誌を手に取っていたところで。



「何?」

「いやほら! 俺ってハードパンチャーだからさ、一発良いだろ?」

「いえ、ハードパンチだからこそ受けたくないというか、そもそも殴られたくないというか…」

「嘘だろ?! ハードパンチャーだぞ?!」



 自身に何が降りかかっているのかよく分からぬものの、危害を加えられそうであることは判断出来たので、真白は雑誌を投げ出し一目散に入口目掛けて駆け出した。



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