とりあえず旅立つかは温泉入りながら決めるわ
「もうどうでもいいや」
オリヴィア27歳、ノルウェー人の父と日本人の母を持つ、いわゆるハーフだ。
とはいえオリヴィアが住んでいるロンドンでは混血は珍しいことではなく(というか、日本語の「混ざる」っていう表現はちょっと差別的なニュアンスがあると思う)日本にいたら美しいとされた高い鼻も、日本語と英語のバイリンガルということも、さしてプラスには働かなかった。
かといってマイナスということでもなく、日本の何かしらが流行ったときは周りの友達は皆オリヴィアに話を聞きたがったし、オリヴィアもできるだけ期待に答えようと母親から聞いた話を披露したりした。
母方の家族からは英語が喋れることで、父方の家族からは日語の読み書きができることで、いつも褒めて貰えた。
日本に住んでいない自分が読み書きを日本に住んでる日本人並みに出来るようになるのは、おそらく周りが思っている以上に大変だった。
通っている学校は地元の公立学校だったので、それとは別に日本人学校の日本語補講に通ったし、KUMONにも通った。漢字ドリルは定期的に日本から取り寄せて、毎日練習した。
そんなバイリンガルのオリヴィアは27歳、人生が心からどうでも良くなってしまった。それは、ある日本人一人から言われたたった一言だった。
「あ、日本語普通にできるんですね」
オリヴィアは老舗デパートHarrods(といってもカタール系企業に売却された後のハロッズは昔ほど英国感は強くないのだが)にあるフラワーショップで、フラワーアレンジメントアーティストとして働いていた。バイリンガルであることを示すため、名札には日本と英国の国旗がついていることが、オリヴィアにとっては誇らしかった。
ただイギリスに生まれ育って、日本人の母を持つからって日本語が喋れるようになる訳では無い。オリヴィアは、それこそ友達と遊ぶ時間を削って勉強したから日本人並みの日本語を習得したという自負がある。
そんなオリヴィアは、たまーにくる日本人の接客や、日本の文化が好きで日本語の練習をしたい日本オタクの相手(コチラの方が多いかもしれない)をいつも問題なくこなしていた。イギリスのフラワーアレンジメントと日本の華道の両方のセンスがあるし(とはいっても華道については本で少し勉強したことがある程度なのだけど)それら全てたショップオーナーは評価してくれていた。
それが、今日始めてきた、おそらくイギリスに来たばかりの日本人に
「普通に」できる
と言われたことに、体の力がすべて抜けるような徒労感を感じた。
大げさに、と思うかもしれないし、大げさな反応かもしれない。実際の理由は生理前だからかもしれないし、一昨日彼氏と別れたせいかもしれないし、母親が蒸発してしまった半年自分にすら連絡がとれないことかもしれない。
どれも理由かもしれないし、どれも理由ではなく本当にその日本人の一言だけだったかもしれない。
とにかくオリヴィアは疲れたのだ。
もう全てに疲れた。なんで私は未だに漢字ドリルをやっているのか。なんでわざわざ高いお金を払ってNHKの海外放送を欠かさず見ているのか。なんで、You Tubeで日本のコンテンツばかり見てるのか。
オリヴィアは死ぬことにした。
もうなんだかすべてがどうでも良くなってしまったのだ。
(続く)




