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回想~宮野と佐倉~

昔から、かわいいね、とか、いい子だね、って言われることがあんまり好きではなかった。

宮野玲は、ずっとそんなことを周りから言われて育ってきた。


自分ではそんなつもりはなかったのに、友達になろうとした男の子には、ことごとく全員から告白された。

時には、高校生や大学生、大人から声をかけられることもあり、その恐怖は伝えるまでもないだろう。

それで断ると、必要以上に距離が近かったとか、勘違いさせるような行動のせいだとか、そんな身に覚えのない悪口まで言われてきた始末だ。


小学校低学年のころは、性別に関係なく、皆で楽しく遊んでいたのだ。

それが、高学年になるにつれて、男友達はいつしか皆、宮野のことが好き、ということになっていた。

なんとも傲慢で勘違いな女に聞こえるかもしれないが事実なのだ。

現に、小学校5年生が終わろうという頃には、思春期に入り始めた男子からは女性として見られ、女子の友達からはあの子は可愛いから調子に乗ってると言われた。


思い返せば、小学校はあまりいい思い出がない。

ただ、楽しく遊んでいただけに過ぎないのに。

恋する気持ちというものを自覚する前からそんな目にあっていたのだ。普通の少年少女が抱く恋心など、持つことさえできなかった。


はあ……


宮野は、そんな昔のことを思い出しながら、そっとアルバムを閉じた。

そんな過去もあり、宮野はこれまで誰とも付き合ったことがない。

付き合おう言ってくれた人は、結局みんなこの見た目に騙されているんだろうから。

誰も本当の宮野を知らないのだ。


小学校を卒業するころには、もうそんな周りから可愛いとか、きれいとか言われる環境に嫌気がさしていた。

顔が全く別人の、普通の顔に生まれ変わって人生を歩めたら、どんなに愉快だろう。

そんなことを幾度となく考えたものだ。

でも、そんなことは周りにも言えない。親でさえ、宮野のこの容姿をほめちぎり、親せきや隣近所への自慢だったのだ。それを裏切るようなことを口にするのは、まだ小学生だった宮野には、はばかられたのだ。


だからこそ宮野は、もう周りから羨望のまなざしで見られることをただただ貫くしかなかった。

このままだと、自分は何もない、ただ顔がいいだけの女性に育ち、きっと自分が望む恋愛を手に入れることはできないだろう。

そう思った宮野は、魅磨学園への入学を決めた。

ここでなら、周りからどれほど言い寄られても、それが当然のようにふるまえるだろう。

そして、そんな周りに負けないほど、強い自分になることができるだろう。宮野はそう考えた。


卒業式になると、同じ中学に行けないと知った同学年、後輩が、こぞって想いを伝えてきた。

もちろん、勇気を振り絞った初めての告白だった子も何人もいたのだろう。

だが宮野には、それを気遣うほどの気力はもう残っていなかった。

ただ機械的に、気持ちはうれしい、けどごめんなさい、とせめて不快な表情を見せないようにすることが精一杯だった。


だから……その人が告白してきたときにも、そんな態度をとってしまったことを、少し後悔している。

もしかしたら彼だけは、宮野の内面を見て告白してきてくれたんじゃないか。そう思ったのだ。


佐倉詩音。


彼の名前は、知ってはいた。というよりも、名前以外はあまり知らなかった。

同じクラスになったこともなく、何かの行事で関わることもない。クラスの中で目立つタイプでもなかった彼は、宮野の中では単に名前を知っている同級生という立ち位置でしかなかった。


そんな彼から、卒業式の朝にその想いを伝えられた。

告白をするような人は、体育館裏や屋上等に呼び出し、雰囲気を作ってから伝えてくるものだが、彼の場合は少し事情が違っていた。


宮野は、クラスで朝一番に登校するのが常だった。

親がともに働いており、朝から活動的だったので、自然と朝早く起きるのが習慣になっていた、ということもあるが、それ以上に、みんなと同じ時間に登校することで羨望のまなざしを向けられるのがいやだったからだ。

朝、机に座って本を読んでいるのが、学校にいる時間の中で一番落ち着いた。


あの時のことは、はっきりと覚えている。

卒業式の朝も、宮野は変わらず一番に登校した。

先生たちも職員室にまだ来ていない時間帯、清掃の用務員さんに会釈をしながら教室に入り、いつもの通りカバンから、気になっていた本を取り出した。

当時流行っていた恋愛小説。まるで夢物語のような素敵な恋愛ができたらどれほど幸せだろうと、宮野はいつも思っていた。


だが、いつもならあと30分くらいは誰も来ない教室に、彼はやってきた。

普段なら物音ひとつしない朝の教室のドアの空く音で、思わずびっくりして、本を落としてしまう。


きゃっ!……


小さな声が漏れる。

教室に入ってきた彼も、まさか人がいるとは思わなかったのだろう、宮野を見て、少し驚いた表情を見せていた。


「あ、ご、ごめん!」


彼はそう言って、彼女の元まで歩み寄る。

そうして、本を拾い上げ、彼女に渡した。


ありがとう……


驚きからまだ立ち直れない彼女は、小さくお礼の言葉を口にした。


「み、宮野さんだよね!早いんだね!」


あまり話したことのない同級生との会話のきっかけとは、いつも困るものである。

まして、こんな卒業式の朝だ。今日の話題なんてあるはずもない。


「え、ええ……」


会話の内容に困っているのは、お互い様なのだろう。

しばらくの気まずい沈黙が流れる。


「そ、その本!」


彼がその沈黙を破った。


「いいよね!俺も好きなんだ!」


佐倉は、拾ってもらった恋愛小説に目を落とす。


「なんていうか、ヒロインと主人公の出会い方が良くてさ!まさかあんな展開で告白するなんて……って!ごめん!まだそこまで読んでなかった!?」


好きなものを話したい気持ちが先走ってネタバレを口にしそうになる、人によっては最低の行為をしようとしたことに気づき、彼は慌てて口をつぐんだ。


「ふふっ、大丈夫。もう終わりの方まで読んでるわよ。だから、結末までは言わないでほしいかな」


その慌て姿が少し面白かったのか。宮野も不思議と笑顔がこぼれる。

「私としては、もう少し自然な形で出会って、自然に告白、なんていうのにあこがれるかな」


慌てて教室まで入ってきたときの驚きから、自分の好きなものの話になった、というのは、自然と心を開かせるのだろう。


「そ、そうかな!じゃああれは? 『ひと夏の恋』! 読んだことある!?」


恋愛小説にはまっていた宮野だ。もちろん読んだことがあった。


「あるある!あれ、すごくよかった!」


好きなものの話で、自然と笑顔がこぼれる。

今読んでいる小説ほど刺激的なものはなかったが、出会いや付き合うシーンなど、いかにも自然な恋愛ものだった。


「そっか!ああいうのが好きなんだね!俺も、恋愛小説好きでさ!」


そう笑った彼はとても嬉しそうだった。

見た目もそこまで優れない、どちらかというと丸々としてメガネをかけた野暮ったい彼が、恋愛小説について楽しそうに語るのは、見る人によっては滑稽にも見えただろう。

しかし、その時の宮野にとっては新鮮だった。

自分に話しかけてくる男は、大体が宮野と話したいという目的をもって近づいてくる。話題など二の次だ。

でも彼の、思わずネタバレしそうになるほど好きなことを話したいというその感情は、これまでの経験上で男に対して抱かされていた男性のイメージが少し和らいだ。


「男がこういう恋愛小説読むのって、なんか変だろ? 友達でも読んでるやつ少ないしさ。だから、なんかこういう話できてちょっとうれしいかも」


彼は照れくさそうに言った。


「ううん、私も好きなものが同じでうれしいな」


宮野の心からの言葉だった。

お互いの好きなものが通じたときの静かな高揚は、確かに二人の間で共通していた。


「なんか……そういうの話せる女の子……好きだよ……」


そんな、気持ちの高まりからなのだろう。彼の言葉は、伝えるために発せられた、というよりも、漏れ出た、というほうが正しい音量だった。


「えっ?」


好きだと伝えられることが日常だった宮野にとっても、その言葉は衝撃的だった。

告白……まで至らない突発的な心情の吐露を聞いてしまい、驚きを隠せなかった。

彼の顔が急に赤くなるのが分かる。


「ご!ごめん!そんなつもりじゃなくて!!」


彼は慌てて続ける。


「なんか、宮野さんっていつも周りから注目されてニコニコしてるんだけどさ!」


宮野が自分のことをあまり好きじゃないところだ。


「でもそれが、なんか本の話してるときは自然だなって思って!それが、なんか嬉しいというか、楽しいというか……好きだなと思ったというか……」


言い訳の勢いと、言葉の音量と内容があっていない。

だんだんと声が小さくなる。

宮野はまだ驚きから帰ってくることができなかった。

お互いに言葉を発することができない。


おそらく沈黙は数秒だったが、二人にとっては何分にも感じた時間だったのだろう。

先に正気に返ったのは、彼の方だった。


「い、いや!ごめん!何でもない!」


その言葉は、宮野をも現実にはっと引き戻した。


「俺、隣のクラスなんだけど、昨日の移動教室でこのクラスに忘れ物しちゃって!それ取りに来ただけだから!」


そういって彼は、近くの机の中からノートらしきものを取り出し、逃げるように教室から去っていった。


「あっ……えっと……」


残された宮野は、ただ誰もいない空間に向かって、誰にも届かない声を発した。

告白されたの?え、返事とかしなくていいの?

頭の中でぐるぐると考えがめぐる。いずれにしても、初めての経験だった。

まるで、好きな恋愛小説のヒロインになったかのように。


それが、宮野と佐倉の初めての会話だった。

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