転校生の初日
人は見た目じゃない?
そんなのみんな知っている。
人は学歴じゃない?
それだってみんな知ってることだ。
なのに、人間は何かの指標で人に優劣をつけずにはいられない。
かっこいい、かわいい方が上だ、頭がいい方が上だ、とか何かにつけて比べて、その勝ち負けに一喜一憂している。
何かが優れているというだけで、その人の良さは図れないとわかっているのに。
じゃあ、どうすれば人間を正しく評価できるのだろう?
そんな、人類が果てしなく続けてきた答えの出ない論争に対して、ある学者が、一つの結論を出した。
人の優劣をつける上で最も価値のある指標。それは……
ーーー
「皆席に着けー。試験の結果を発表するぞー」
教師、と名の付く人の発言の中で、最も緊張が走るのはこの瞬間と言っても過言ではないだろう。
結果に自信があろうがなかろうが、自分の点数がはっきりわかる直前のこの瞬間は、いやな汗の一つも流れるものである。
「えー82!? 俺、学業の点数上がってんのにモテ度下がってる! 運動の低さと服装センスの低さから、これ以上学業を鍛えると真面目過ぎるオタクになり、印象が低いです……だって!」
「きゃー私やっとモテ度60超えた! 明るい性格と礼儀正しさのバランスが相乗効果を生み出している、だって!」
かつて偏差値教育至上主義を貫いた日本がそれだけだと画一的な人材しか輩出できない欠点を改善するために、ゆとり教育を生み出したのは2000年頃の事。
芸術面の教育にも力を入れ、その人個人が持つ才能や才覚を伸ばす自由な教育方針を打ち出した結果、一部のオリンピックメダリストを生み出すなどの成功例を引き換えに、日本全体の偏差値を低下させるという、望ましいとは言えない形となり、ゆとり教育の思想は終了した。
そんな反省を受け、学業や芸術だけを伸ばしたところで、それが人を真に評価するに足るものではないことが示された。
そして、学力、見た目、芸術性、運動神経、性格、など、その人を構成する要素全てを盛り込まなければ、人を正しく評価することなどできないとの結論至った。
頭もよく、見た目もよく、才に秀でており、心が成熟している、そのような人の存在は、これまでも様々な形で呼ばれてきた。
そう。「モテる」と。
この魅磨学園では、魅力を磨き上げる、という由来の通り、学業、運動に限らず、全ての総合的な点数で評価された「モテる」能力を上げるため、モテる手法を教育するという最先端の試験プログラムを組んだ学校である。
当然その入学テストも、ルックス、学業、運動、芸術など、様々な分野で優れたモテポテンシャルの高い人材が選ばれており、その精鋭たちが学園での生活を通じてモテの研鑽を積んでいるのである。
何しろ、これまでモテてきた生徒たちにとって、このモテ度テストは、文字通り自分の人生がかかっているのだ。
単なる学力テストの、「今回勉強してなかったから」といった定番の言い訳は通じず、自身の人間的な魅力がそのまま点数になるというのだから、通常の学校よりも試験結果の発表の緊張感は高いというわけである。
そんな特殊な環境に、通常の学校からの転校生として一人で乗り込んで来るにはあまりに違和感がすごい。
それは、この佐倉詩音にとっても、例外ではなかった。
(モテることが点数になるって……噂には聞いてたけどすごい雰囲気だな……)
桜舞い散るこの高校1年生の4月といえば、新生活と新しい出会いに胸膨らませる季節であろう。
しかし、中高一貫が基本のこの学園ではどうやらそれは存在しないらしい。
佐倉を除いたほぼ全員が、中学からそのまま繰り上がり。クラス替えもないとのことで、借りてきた猫よろしく、周囲から浮いているのは明白だった。
しかもこの学校、どうやら新年度を迎えるにあたって、前年度に行ったモテ度テストを返却するのが春休み明けの初日というのがルールになっているらしい。
その結果、クラスメイトの最重要関心事項であるテスト結果の発表日が転校日となんとも間が悪く、佐倉の転校の話題はほとんど上がることがなかった。
転校生が来るということであれば、少なくとも1日はその話題で持ちきりだろうが、自己紹介直後の教師の結果発表の号令で、転校生の話題はものの5分と持たなかった。
佐倉にとっては、なんとも難儀な学園の初日となったわけである。
何しろ、前年度のテスト結果の返却なわけだから、テストを受けていない佐倉にとっては、結果を受けて盛り上がるクラスメイト達をただ眺めるしかなかったのである。
「今回のテストは少し難しかったからかな。前回よりもモテが下がった人が多かった!」
一通りテスト返却を追え、阿鼻叫喚の声が漏れるクラス教師の言葉に、クラスのざわめきが消え、集中が集まる。
「ただその中でも、クラスで1位は、黒瀬の151点だ!」
すげえ!黒瀬ついに150オーバーかよ!
うそでしょー!私の倍以上とかすごーい!
点数の発表に、再び教室がざわめきだす。
「全然、大したことないよ! たまたままぐれが当たっただけだし!」
たいていの学校だと、成績トップなんて偉そうで見下すか、がり勉タイプが多そうなものだが、モテ度が高いということはすなわち、最もクラス中の尊敬を集めるのだと、佐倉はそんな小さなことでも環境の違いを感じずにはいられなかった。
その昔、古代ギリシャでは王様を選ぶ時に最もいい男をから選んだと言われているが、そこにもあまり違和感はないかもしれない。
「お、そういえば転校生の佐倉の入試結果のモテ度をまだ伝えてなかったな。みんなテストを発表したわけだし、ちょうどいいだろ」
何がちょうどいいんだか。こんな雰囲気の中で自分の点数が発表されるなんて、通常であればたまったものではない。
しかし、どうやら周りを見てみると、お互いの点数を知るのは当然のことのようで、佐倉にはそれを受け入れるしかなかった。
忘れ去られていた転校生に、再び注目が集まる。
自己紹介の時よりも注目されている気がするのは、転校生の存在そのものよりも、どのくらいモテるのかが気になっているからなのだろう。
佐倉には、周囲から好奇の目で見られ続ける動物園の動物が、どれほどのストレスを抱えているかよくわかった気がした。
「佐倉の点数は……」
ごくっ
転入試験の点数を公開されるなど、なかなかあるものではない。
これでぎりぎりの合格だったら、想像もしたくない雰囲気になることは間違いない。
「8点だ! まあ転入したばかりだしな。次はもっと高い点数が取れるように期待だな! みんな、色々と教えてあげるんだぞ。」
先ほどの周囲の会話を聞いていると、8点が決して高い数字ではない……むしろ低すぎる数値であることが分かる。
ほら見ろ、想像もしたくない雰囲気になったではないか。
佐倉に集まっていた好奇の目が、どことなく散開していくのが分かる。
ここまで注目されると、目線というのは可視化できるようになるのかもしれない。
8かー……まあ最初だし仕方ないよねー?
転校したばっかりだし、大変だよねー……
聞こえるか聞こえないかくらいの音量で感想や同情の声が漏れ聞こえる。
「頑張ってくれ!」
「はい……ありがとございます」
佐倉が受け取った成績用紙には、通常では目にする機会がない項目が多く並んでいた。
(なんだ……このおしゃれ、とか雰囲気、とかいう項目。というかモテ点数ってなんだよ……何が8点なんだ……?)
はあ……
佐倉は、転校したことを若干公開しつつため息をついたその時、
「ちなみに、今回の学年トップは2位の黒瀬を大きく引き離して189点の宮野だ!」
教師の言葉に、ふっと顔を上げた。そして、自分が親の反対を押し切ってまで、転校してきた理由を思い出した。
そうだ……俺はあいつに……宮野に勝つために……
その想いと裏腹に、自分の成績に目を落とし、再びため息が出そうになるのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
続き頑張って頻度高く更新しますので、少しでも続きが気になると思われたら、いいね、評価、コメント、是非お願いします!