人の顔はよく確認しようね!
「先ずは先ほど、ケムリンっとこれじゃ分かりませんよね。最弱の魔物であるパイルを飛ばした理由から説明します。まぁ、いきなり質問になるんですけど、貴方はパイルの羽の色が黒に染まったりする光景を見た事ってありますか?」
「黒?……いや、記憶の限りはないな。その白い毛玉の姿しか覚えがない。進化や変異でもなく、体色が変わる事があるのか?」
「はい。パイルはただ風に揺蕩うだけの魔物なのはご存知だと思いますが、彼らも決して生きる事を放棄した魔物ではないのです。先ほども見ていただいた通り、僅かであれば自分の羽を動かし移動する事も出来ます。まぁ、滑空する距離を伸ばしたり方向転換をする程度はありますが。そして、危険を感知したりした場合、パイルの羽にはある変化が生じるんです。それが、羽の黒色化、これは彼らより強靭な魔物が残す魔力の残滓に反応するんです。自分よりいえ、正確には自分が所属する群れを簡単に吹き飛ばす様なそんな存在が近くにいると」
この能力のお陰で何度も命拾いをした記憶が僕にはある。ケムリン自身も、感覚で羽が黒く染まった事を理解できるようで羽が黒くなると僕の顔や、首などに擦り付いて危険を知らしてくる。最弱の魔物が全滅していない理由の一つだと言えると思う。ただ、魔力にしか反応しないから人間の剣とかには容易くやられるんだけど。
「ふむ……だが、その説明では今この場に吸血鬼が居ない以上、黒く染まらなくても不自然な事は何もないと思うが」
僕の説明を受けて疑問に思った事を口に出す兵士。彼の疑問は最もだ。だから僕は、知識を他人に教えるというワクワク感に身を包みながら口を開く。
「吸血鬼の力はその血にあります。吸血鬼が他者に害を与えるには、必ずその血を使う事になるでしょう。ましてや、此処は人間の領域。食事がバレないように血で霧を作ったり、結界を構築するぐらいはする筈です。そして、その余りにも血に依存した力は例え、本体がその場から居なくなっていたとしても存在証明の様に濃い魔力の残滓を残す筈です」
「あぁ、なるほど。君のその魔物の羽が黒くなるほどの残滓があっても不思議な話ではない訳だな。……凄いな、最弱の魔物一匹を軽く飛ばしただけで此処まで解るものなのか」
感心した様に僕とケムリンを見る騎士の視線になんだか全身がこそばゆくなる。こうやって誉められる経験はあまり無いから慣れないなぁ。
「では、捜査線から吸血鬼を除く様に指示を」
「それは待ってください!」
何処かに連絡しようとした彼を慌てて止めると、不思議な顔で僕を見てくる。まだ、全部を話した訳ではないから、吸血鬼を捜査線から外すのは待ってほしい。もしかしたらより厄介かもしれないんだ。
「何かあるのか?」
「はい。先ほどまで話したのは、あくまでただの吸血鬼の場合です。より進化し、血の君主と呼ばれる様になった吸血鬼の犯行であった場合、魔力の残滓が残らない可能性があります」
「……通称、ヴァンパイア・ロードか。神話級の化け物のご登場だな。だが、あり得るのか?」
吸血鬼が最低でも、500年の時間を生き、多くの血を吸いそして、数多の戦いを経験した個体のみが辿り着くと言われる血の君主。彼が言った通り神話で語れる様な化け物だ。こんな街中で、人間一人襲うというそんなしょぼい事をする存在じゃないだろう。けど、可能性はゼロじゃない。ゼロじゃない以上、選択肢から外すのは愚かな行為だと僕は思う。
「可能性はあります。何故、こんな事をしているのかは分かりませんが」
「……少なくとも通常の吸血鬼の線は消せたと捉えるか。だが、面倒だ……そんな大物となると教会の力を借りる必要も出てくる」
心底嫌な顔を浮かべる彼にも理由があった。この国というか、基本的に何処でも軍と教会の仲は悪い。全ての国に教会を置いている宗教『降臨教』は、いつかこの世界に降臨するという神を讃え、その庇護に預ろうとするものなのだが、個人の力を絶対とする軍と根本的に考え方が合わない。けど、本当に神を信じたくなる程に所属する神父やシスターは皆、規格外な退魔の力を持っており、吸血鬼の弱点を突くのにはうってつけなのだ。
「そうだ。君も来てくれるか?私だけより話が早く進むだろう」
「うーん、分かりました。着いていきます」
「すまないな。さてと、ちょうど時間も良い。共に食事を取ろう。心配するな、私が払う」
「本当ですか!ありがとうございます!!」
ケムリンを抱き抱えながらペコペコと頭を下げる。お腹が空いてたから嬉しいー!!いつぶりにまともな食事を食べることになるんだろう?
「分かりやすくて結構だが、現金だな君は」
「あぅ……す、すみません」
「なに、構わんさ。ふむ、そう言えばまだ自己紹介も碌にしてなかったな」
言われてみれば確かに。疑問を口に出したところを連れてこられて協力する事になったんだよね。この人がどういう階級か分かるから全然警戒してなかったよ。
ガチャっと鎧の音を立てながら、彼は姿勢を整え敬礼をする。
「私は、ルーマ王国直属、第一警備隊『レーヴェ』の隊長。バルムハルト・ガーヴィルだ。以後、よろしく」
翻ったマントの裏に、天高く吠える獅子の刺繍が見えたってえぇー!?バルムハルトって言えば、この国直属の兵士の中でも、最強と謳われる兵士じゃないか!何で気が付かなかった僕!マントを裏返しにして、誤魔化してるとは言え顔で分かるだろ普通!
「よ、よろしくお願いします。僕は、えっとただの底辺魔物使いのリント・アルムントです」
「ふっ、その顔から察するに本当に気がついてなかった様だな。私の変装も中々いけるものだ」
悪戯が成功した子供の様に笑みを浮かべるバルムハルトさん。改めてよく見れば、短く切り添えられた金の髪に、顎の先に薄くある髭。威圧感のある鋭い緑の瞳。何処をとってもバルムハルトさんだと証明していた。
「……とりあえず、マントを裏返しにしただけを変装とは言わないと思いますよ?」
「む、そうか。誰も話しかけてこないからバレてないものばかりかと」
「あー……多分、確証が無かっただけじゃないですかね。間違えたらとても失礼ですし」
「なるほど。っと、これ以上の立ち話は時間の無駄だな。行くとしようリントくん」
「はい!」
歩き出したバルムハルトさんの後を追いかける。
『……』
そんな僕をジッと見つめる一羽の蝙蝠の視線には気が付かなかった。
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