一
「吉良先輩ー! きゃああああカッコイイ! 地区大会、優勝目前!」
「吉良・正宗、十八歳。ここ島根県の隅っこにある風鈴第二高校の三年、剣道部の副部長」
「ちょっと、橘・楓。私の真横でなんなの? 私は吉良先輩の応援で忙しいんだから!」
「山本・陽子。二年生で剣道部でもないお前が、いくら正宗に好意を寄せても無駄だな。だから諦めて、正宗の親友である、この俺である橘先輩と付き合うがいい」
「はあ? うっざい橘。いね」
「いや、いね、とか言うなし。ガチで傷付くし。仮にも先輩だぞ? もっと敬え」
橘は、風鈴第二高校の体育館で行われている真夏の地区の剣道の大会を、体育館の二階の観客席から眺めている。
防具を身に着けた吉良は、竹刀を俊敏に扱い、相手の横合いに打ち込む。
対戦相手の左胴をめがけて、斜め四十五度の角度で繰り出された銅は、見事に一本をとった。吉良の地区大会の優勝が決まった。
◆
「正宗、今回も剣道の県大会に行かないのか? 中学の時も、高校になっても、剣道の県大会を辞退しただろ。目立つのがそんなに嫌か?」
「そうだよ。ぼくは人前に出ると、緊張して駄目になるんだ。県大会に出場して、惨めな思いはしなくないよ」
「とは言えさ、陽子や縁ちゃんも、今年こそは正宗が県大会に出て、優勝するかもって、期待してたのにな。一週間後の県大会、今年は行けよ。今日の夕方までにエントリーすれば、参戦できるだろ?」
「ごめんね。橘の幼馴染みの山本さん、気が強くて、ぼくは苦手なんだ。ぼくのことを追いかけて、風鈴第二高校に入学してきた慶田・縁さんも、ぼくのタイプじゃないんだ。鷹森中学時代から、時間があれば、ぼくの背中をずっと見てるし、ぼくが挨拶しても無視するし、接し方に困ってるんだ」