5-3 契約の儀式
今年……ううん、もう去年か。春、父さんが倒れ、そのまま他界した。
突然の知らせにさすがの私もショックを受けた。大急ぎで実家に帰ったけれど、そこで待っていたのは私以上にパニックになっている家族だった。
何やってんだ、て思った。
これじゃいつまでたっても終わらない、全くこの家族は、とあきれて怒った。泣いてばかりの母と妹を「邪魔だ」と言って押しのけて、私は父の死にまつわる一切合切を取り仕切って片付けた。
だから、父さんの死を受け入れ、消化する時間はなかった。
私は悲しむことすらしないまま、父の死を「処理」し終えた。
そんな私を母や妹は冷たいと思ったのかもしれない。ひょっとしたら遺産をもらおうとアピールしている、なんて勘違いしたのかもしれない。
だとしたら、怒るのも無理はないだろう。実の父の死を悲しまない奴に、遺産なんか渡してたまるか、と意固地になって当然だ。
私って、ほんと、「仕事」になると周りが見えなくなるんだな。
私が父さんの死にちゃんと向き合ったのはいつだろう。ひょっとしたら大晦日の墓参りのときかも知れない。
父の死を悲しみ、悼み、受け入れ終えていた母や妹たちと、すれ違うのは当たり前だった。
……彼の腕の中でわんわん泣きながら、ぐるぐる考えて、やがてそんな結論に至った。
うん、だいたい合ってると思う。私と妹は根本的な部分ですれ違っている、しかもそれは感情の部分だから、一歩引かない限り気づくことはできないだろう。
そう、私は負けたから気づけた。そうか、負けることにも意味があるのか、て生まれて初めて知った。
「落ち着いた?」
泣き止んだ私に、彼が優しく声をかけてくれた。私が黙ってうなずくと、そっと頭を撫でてくれた。
「私……また、やらかしてたみたい」
「そのようで」
「だめだね、私」
「若いんだから仕方ない」
彼が喉の奥で笑う。おいこら、あんたは私より一つ年下でしょうが。
「若者は、失敗を繰り返して成長する、てね」
「ジジイか、あんたは」
「ひどいな。若くて逞しい男だっての」
彼の唇が私の唇に重なる。チュッ、て軽くついばむように、それからしっかりと重ね合わせて、貪るように。
「……なので、こんな美女を前にすると、滾ってきちゃうね」
「女の傷心につけ込むなんて、卑怯だぞ」
「あんたは……」
彼が一度言葉を切った。
「……真由美は、弱らせないとつけ込む隙がないからな」
うおっ、いきなり名前で呼ぶか。……いいかもしんない。
「私はゲームのモンスターか何かか」
「それいいね」
彼が喉の奥で笑う。
「ならこう言おうか。どうだ、勇者の仲間にならないか?」
ふーん。どうやら自分が会社で「勇者」と呼ばれていることは知っているらしい。当然か、あれだけみんなが言ってればね。
「おっと、仲間じゃないな。嫁だ」
彼がおどけて笑う。
「……なりたい、てさっき言ったけど?」
「彼女に、だろ? それは断ったぞ」
このやろう。
「木田くんの……彼女……」
じゃなくて。
「……お嫁さんになりたい」
「じゃ、遠慮なく、契約の儀式をさせてもらおうか」
あ、ちくしょう、照れもしなかった。
くっそー、私の負けか。
彼が軽々と私の体を抱き上げた。細い体なのに、どこにそんな力あるんだ、て驚いた。
お布団に寝かされた。
ふかふかしたムートンシーツの感触が心地いい。
そのまま彼に覆い被さられて、ふわっと、男の人の匂いに包まれた。
……あ、知ってる。この感じ、なんとなく覚えてる。
私、やっぱり去年ここへ来てる。
記憶には全くないけれど、私の五感がそれを覚えていた。
だから、あんなに恋しく思ったんだ。
「えっと……」
見上げると、男の顔をした彼が、私をまっすぐに見つめていた。
その視線に……ドキンとした。
恋する乙女のトキメキじゃない。なんていうか、猛禽に狙いを定められたネズミか何かになったような、身の危険を感じる恐怖のドキンだ。
「あ、あの……優しく……してね?」
「断る」
ひぃぃぃぃぃぃっ!
やばい、これやばい。私、いまから彼に何されるの!?
「この一年のうっ憤、全部ぶつけてやる。勇者の力、その体でとくと味わえ」
「待って、ちょっと待って! は、話し合いましょう!」
「やかましい、覚悟しろ!」
──その後行われた「勇者の嫁」になる契約の儀式は。
それはもお、熱くて濃くて、激しく長い戦いで。
……
…………
………………もう私、おヨメに行けない。
こ、ここまでして嫁にしてくれなかったら、地の果てまで追い詰めてやるからな、勇者様!




