1-1 大雪? マジ!?
「仕事が忙しいなんて言って逃げないで。年末は絶対帰ってきて! いい加減ケリつさせて!」
目覚めるなり、つい先日電話越しに聞いた妹のきつい口調を思い出し、私は憂鬱な気持ちでいっぱいになった。
「だるい……」
カゼでも引いてればいいのにと思うが、このだるさは単なる二日酔い。ここ半年、酒量が増えたせいで体がだるい日が増えた。飲むのをやめればいいのだが、仕事もプライベートもいっぱいいっぱいで、お酒でも飲まなきゃやってられない。
年取ったな、と思う。
以前はいくら飲んでも翌日に残るなんてなかったのに。三十にもなると、お酒は抜けない、疲れも抜けない、ついでに言うと恋人もいないからそっちもヌけない。
いろいろと溜まるというのに、お金だけは貯まらない。
こんな世の中、間違っている。
……ただの愚痴だから、聞き流しといて、神様。
「はあ……シャワー浴びて、支度するか」
部屋の隅に置いたキャリーバッグには、数日分の着替えを詰め込み済み。お土産は駅で買えばいい。あとは身支度して、家を出て実家に向かうだけ。
わかっている、先延ばしになんてしちゃいけない。人生に関わる大事なことなんだから。
それでも憂鬱になるのは勘弁してほしい。なんてったって、これから敵しかいないドアウェーに乗り込むのだから。これが仕事なら「おっしゃこいや! 逆転キメてやらあ!」と気合も入るのだが、相手が血を分けた家族では勝手が違う。
むしろ、いかにスムーズに負けるか、が今回のポイントだ。これ以上モメても無駄な労力を使うだけ。負けるのが大嫌いな私には、かなり高度なミッションだ。
「あーもー、やめやめ!」
今は考えていても仕方ない。向こうへ行って、基本、相手のいいなりになるだけだ。がんばれ私、売り言葉に買い言葉で、夏みたいに暴れちゃいけないぞ。そうなったら今度こそ裁判だ。そんな暇はない。
どうにかこうにか気合いを入れ直すと、私は布団を出て背伸びをした。
……うーん、すごく寒いなあ。もう十時だっていうのに、なんだか暗いし。
私は寒さに震えながらカーテンを開けた。そして、絶句する。
「え……うそ……」
窓から見えるはずの、灰色に染まる都会の光景。それが今日は、違っていた。
あたり一面、白一色。
そう、本日私が住む町は、真っ白な雪に覆われていた。それも半端な量ではない。まさに豪雪ではないか。
「いやいやいや、マジ?」
私は慌ててテレビをつけ、チャンネルを公共放送に合わせた。
ところによっては積雪数十センチ。イケメン気象予報士が雪の状況を伝え、次にキャスターが公共交通機関の状況を教えてくれる。
いや、聞くまでもない。雪に弱い都会の交通機関がどういう状況かは、推して知るべしだ。
「うがー、天気予報、見とけばよかったぁ!」
私のアパートは、豪雨の日でも傘なしで会社まで行けるという奇跡の立地だ。おかげで天気予報を見る習慣がなくなった。さらに言うなら、年末進行でここ一、二週間は忙しくてテレビも見ていなかった。
そういえば、隣の部署の子が「帰省に直撃ですよお」とぼやいていたような気もする。いまさらだけど。
「あかん、これまずい! 帰れないかも!」
私の実家は東北の日本海側、秋田県。雪には慣れた地方だが、それでも今回の大雪は異常事態のようで、すでに仙台から青森の間では新幹線の速度制限が行われているらしい。
おのれ異常気象、だがこれも人類が行った環境破壊の結果か。
くそお、来年は環境問題に取り組むぞ。
がんばれ環境保護団体! 私がついているぞ!
「ああもう、そんなアホなこと考えている場合じゃない!」
私は叫び声を上げつつ、まずは身支度とバスルームに飛び込んだ。