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番外編 正妃オリヴィアの愛慕5

 マーガレットは本当によく働いた。

 そして仕事とは別に、とても勉強熱心だった。


 私が読んだ資料の片付けを頼んだら、翌日にはその内容がマーガレットの頭の中にきちんと入っている。

 きっと夜な夜な勉強しているのだろう。


「マーガレット。貴女と話すのはとても楽しいわ」

「そう言っていただけると光栄です」


 つわりが酷く寝込むだけの日々も、マーガレットが横にいれば何とか耐えられた。


「これほど話の合う女性は他にいないわ」


 そもそも社交界に、水害やら干ばつに興味のある女などいない。

 皆ドレスや香水や宝石やお菓子に興味があって、下世話な噂話が好きなのだ。


「オリヴィア様のお話し相手になれるなど、恐れ多いことでございます」

「何を言っているの。そのために毎日勉強しているのでしょう」

「さぁ、どうでございましょう」


 マーガレットは嬉しそうに微笑む。

 人知れず努力し、それで威張ることがない。


 私もマーガレットの人柄に惹かれたのだと思う。

 彼女といるとほっとするのだ。


 何せ王宮は様々な思惑が混じりあう場所。私だっていつも気を張っていたのだ。


「マーガレットはラディス殿下をどう思う?」

「お会いしたことがございませんので何とも。政治的な手腕は素晴らしいと伺っておりますが、私には政治のことなどわかりませんので」


 その時不意に扉が開かれた。


「調子はどうだ」

「身体が辛いのは赤子が元気な証拠ですわ。マーガレット、こちらがラディス殿下よ」


 マーガレットは床に伏せた。


「侍女か。オリヴィアによく仕えてくれ」

「はい」


 あぁ、この二人、本当に面識がないのだわ。

 私のマーガレットへの信頼がさらに増す。


「殿下。彼女はマーガレットと言って、本当によく働きますの」

「そうか、オリヴィアがそう言うのなら安心だ」

「産後、落ち着いたのち、殿下の侍女に召し上げていただけますか」


「オ、オリヴィア様!?」


 珍しくマーガレットが大きな声を出した。


「それほどまでに優秀なのか」

「えぇ、私の侍女にしていてはもったいないくらいなのです」


 マーガレットは額を床にこすり付け、身を小さくしていた。


「わかった、そうしよう。頼めるか、マーガレット」

「私には身に余るお言葉でございます。オリヴィア様の侍女でさえ、夢のように幸福なことでございますのに」


「ふふ。殿下もすぐにマーガレットの良さがわかりますわ。マーガレット、よくお仕えするのですよ?」

「誠心誠意務めさせていただきます」


 これでお膳立てはした。


 マーガレットがこれからどうなるかが見物だ。

 侍女のまま終わるのか、殿下の寵愛を受けられるのか。








 時は流れ、国王陛下が他国で負った傷のため崩御した。

 ラディス殿下はグルフレン国王陛下となった。


 その重荷は想像を絶するものだったはずだが、それでも平常心を保っているように見えたのはマーガレットの支えがあるからだろう。


 そう安心していたのも束の間、マーガレットが居室を訪れた。


「久しぶりですね。息災でしたか」

「それが、郷に帰ろうと思いまして。ご挨拶に伺いました」

「郷に? それは陛下も承知なのですか」


 マーガレットは少し顔を曇らせた。


「陛下は即位後、お忙しく過ごしていらっしゃいます。使用人の辞職など、お耳に入れることではございません」


 もっともらしく聞こえる。

 けれどマーガレットの存在は、陛下にとってその程度のものだったのだろうか。


「お茶でも入れましょう」

「いえ、ご挨拶だけで失礼いたします。オリヴィア様には大変お世話になりました。陛下の侍女にまで召し上げてくださった御恩は一生忘れません。郷に帰っても国のために働きます」


 そういうマーガレットの顔色は悪く、少し痩せたみたいだった。


「きちんと食べていますか」

「最近は、あまり」


 あぁ、経験がある。

 一日中気分が悪く、食事もままならない。

 お茶の匂いはおろか、湯殿の湯気でさえ受け付けなくなるあの症状。


「マーガレット、何か隠していませんか」

「オリヴィア様には嘘はつけません。ですのでそのような質問はどうか――」

「貴女、陛下の子を身籠っていますね」


 マーガレットは顔を歪めて涙をこらえていた。


「申し訳ございません!」

「何を謝るのです」

「誰にも話しておりません。どうか、お捨て置きください」

「なりません。陛下に話します」

「どうかそれだけは」

「なぜです」

「陛下の負担になりたくないのです。郷へ帰り、私生児として育てます。出生の秘密は決して誰にも口外いたしません」


 悲壮に満ちた声でマーガレットは言った。


「マーガレットは陛下を愛していますか」

「私の気持ちに一点の曇りもございません」

「ならよい。ここで生みなさい」

「正妃様がそのようなこと、仰らないでくださいませ」


 マーガレットの瞳からは次から次へと涙が溢れだした。


「正妃だから言うのです。陛下の御子はこの国の宝。王宮から出すなどもってのほか」

「ですが――」

「私はチリオスタを出産した時に、二度と子を成せぬ身体となりました。マーガレット、これは命令です。貴女の子を、陛下の御子として大切に育てなさい」

「オリヴィア様」

「そんなに泣いては御子にさわります。マーガレット、よくやりました。おめでとう」


 口の堅い侍女に陛下を呼びに走らせると、赤い顔をしたグルフレン国王が飛ぶようにしてやってきた。


「マーガレットが、本当か」


 私の時には見せなかった嬉しそうな顔だった。


 私はマーガレットを召し上げたことが正解だったと悟る。

 他人がどう言うかは知らないけれど。


「陛下、このことは御子が生まれるまで内密に。どのような嫌がらせに合うかわかりません」

「あぁ、そうだな」

「マーガレットの身分はどうなさるおつもりですか」

「身分、か」


 陛下の顔色がさっと変わる。

 

 賢明な陛下のことだ。きっとわかっている。

 王位を継承したばかりの今、国政に力を入れねばならぬ時。

 そのような時に、侍女を公妃などにすれば反感は免れない。陛下の権力はまだ盤石とは言い難いのだ。


「どうか、妾になさってくださいませ」


 そう言ったのはマーガレットだった。

 やはり彼女も賢明な人間だ。


「それが良いでしょう」


 私は頷く。


「マーガレット。私は正妃で貴女は妾となる。これきり話すことはないでしょう」

「はい。承知しております」

「ですがまたいつか、話すことが出来たなら、どうかその時は、また私を楽しませてね」


 マーガレットは声にならない声で返事をした。

 その背に手を置いた陛下がひどく人間らしく見えた。




オリヴィア編、これにて終わりの予定です。何か書き残したことあるかな?と不安になりつつ……。


オリヴィアはこのあと本編にある通り、マーガレットと再会を果たします。

互いに公妃となり、マーガレットも王宮に居を移したことでことで昔話に花も咲くことでしょう!


あと単話を2本ほど載せて「完結」に戻す予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 二人の母親の話はとても気になっていたのでよめ…嬉しいです! シスターフッドですなこれは…世が世ならプリキュアにもなれたろう二人の愛情を感じます。マーガレットも素晴らしいし、その才能を見いだし…
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