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番外編 正妃オリヴィアの愛慕3

 私は12歳の冬、ラディス殿下の元へ嫁いだ。

 初めて言葉を交わしたのは私が13歳になった春。殿下は16歳になっていた。


「オリヴィア、何か不自由はないか?」

「ございません」

「若くして嫁いでは苦労も多かろう」

「いいえ、そのようなことはございません」

「そうか。もし困り事があれば何でも言え。私たちは夫婦なのだ」


 ラディス殿下は16 歳とは思えぬほどの落ち着きがあった。この国を一身に背負うことへの覚悟がそうさせているのかもしれない。


「どうぞ私に御心を砕かれませぬよう。殿下にご心配をかけるために嫁いだのではございません」

「父親によく似ているな」


 そう言ってラディス殿下は笑った。


「本日はご公務がないのですか?」

「あるが抜け出してきた」

「こ、こんなところに来ている場合では!」

「しかし仕事ばかりを優先していては、いつまでもオリヴィアを放ったらかしにしたままだからな。家族を疎かにし、嫌われるようでは王として民の前に立つことは出来ぬ」

「嫌いになるなど滅相もございません。私はこの国と、次期国王陛下になられる殿下に忠誠を捧げております」

「あぁ、父がオリヴィアを正妃にと推した理由がよくわかる。感謝する」


 そう言うと、ラディス殿下は行ってしまった。


 そして殿下が来ないまま、また冬が来た。

 その代わりにカシーミアが側妃として王宮に来ることが決まった。


「久しいな」


 しばらくぶりに見るラディス殿下はひどくやつれて見えた。


「殿下、お疲れのようですね」

「あぁ、夏の日照りで南の領地が不作に陥ってな。秋はずっとあちらで対応にあたっていた」

「不作は耳にしておりました。大丈夫だったのですか?」


 そういうと殿下の眉がぴくりと動いた。


「大丈夫か、と聞いたか」


 私はその張り詰めた空気に思わず俯くしか出来なかった。


「選択を間違えるということは、民を殺すということ。民のために、私は決して選択を間違えない」

「失礼いたしました。軽率な発言謝罪いたします。殿下の能力を疑ったわけではないのです」


 これが次期国王となる人間の威厳。

 ただの大人っぽい男の子とはわけが違う。私は心から自分を恥じた。


「そなたを怖がらせるつもりなどない。しかしよく覚えておけ。王の一言は時に、幾人もの民を殺す。それは正妃であるそなたとて同じこと」

「はい。発言には気をつけます」


 一つ指示を間違えれば、飢餓を招き民を殺す。殿下はそういう思いで働いてきたのだ。

 王宮で不自由なく過ごしていた自分がとても無力な存在に思えた。


 そう、王妃など無力なのだ。

 私は愛するグルフレンの民にとって、あまりに無力。

 ならば私に出来る事は、殿下の意思を汲み、それに忠実に従うこと。

 私の生き方が、殿下によって実感を付加される。

 それはとても寒い雪の日だった。







「側妃のカシーミアとは会ったか」

「いいえ、まだです」


 私より年上の女性で、権力を手に入れたい右大臣がねじ込んだ縁談だと使用人が噂していた。


「そうか。彼女は自分を『ミア』と呼べと言っていたな」

「愛称でございますか」


 女にとっての権力。

 それは簡単に言うと王からの寵愛。

 愛称はそれを誇示するのに手っ取り早いのだろう。浅はかな女だ。


「オリヴィアも、リヴィーと呼ばれたいか?」

「殿下、私にそのような気遣い不要でございます」

「そなたならそう言うと思った」

「側妃がどのように思うかはわかりませんが、どうぞ私には情をお掛けになりませぬよう」

「ほぅ、珍しいことを言う」

「私も側妃も将来殿下の御子を産むでしょう。後継者を決める時、妃への情はトラブルの元になりかねません。万が一にも、妃への情で国が左右されることなどあってはならぬのです」


 歴史上、そんな国いくつもあった。

 御子の能力など関係なしに、愛した妃の子を王にする。そしてその愚鈍が国を乱す。

 そんなことあってはならない。


「私もそう思う。だからカシーミアの要求は断った」


 殿下は私を試したのだろうか。

 私も寵愛を欲しがるただの女なのか、それとも正妃に相応しい女なのか。


「オリヴィア。私たちは元はと言えば従兄妹同士だ。妻としての愛情は持ち合わせていないが、妹のように思っている。それで許せ」

「十分でございます」

「ではまた来る」


 それから私は季節がふた周りするのを一人で眺めた。

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