番外編 正妃オリヴィアの愛慕2
「オリヴィア様、手習いはこのくらいにいたしましょう。次は歴史のお勉強です」
「はい、わかりました」
「本日もグルフレン建国のご本をお読みいたしますね」
「それはもうおぼえてしまいました」
物心がつく前から私は王妃となる教育を受けていた。
私は従兄妹で次期グルフレン国王となるラディス様との婚姻が決まっている。
「あら、まだ6歳だというのに素晴らしいことです」
「とうぜんのことです」
私はこの国の王妃となるのだから、この国のことを知らないなどあってはならない。
時代ごとの地形図も、歴代の国王や側近のお名前も、本に書いてあることは大方覚えてしまった。
「では少し休憩にいたしましょうか」
「いいえ。ことしの各領主のおなまえと、経営状況についておしえてほしいです」
「まぁまぁ、お勉強熱心ですこと。すぐに資料をお持ちしましょうね」
「おねがいいたします」
私が守ってゆく国について、隅々まで知らなくてはいけない。それが「王妃様」というお仕事で、責任だと父は常々言っていた。厳格な父を尊敬していたし、父が仕える現国王陛下もとても素晴らしい人だとよく聞かされた。
妃教育も完成したと思われた12歳の夏、父が長期の休みをとったと言って帰ってきた。
「お父様、お帰りなさいませ」
「オリヴィア、頑張っているようだな」
「当然のことです」
「ラディス殿下との婚約が決まった」
「はい。お父様の名に恥じぬよう務めさせていただきます」
「お前は何のために働く」
父はいつも以上に厳しい目で私を見た。
「国と、将来のラディス国王陛下のために」
「そうだな。だがお前の覚悟はまだ薄い」
「申し訳ございません。もっと勉強を――」
「そうではない。明日から旅に出る。ついてこい」
「承知いたしました」
理由はわからなかった。けれど父の行動には必ず意味がある。ついて行けばきっと何かわかるのだろう。
その理由はすぐにわかった。
活気に満ちた下町。森林の中に佇む美しい湖。荒野にただ落ちてゆく真っ赤な夕日。
広大な土地に、美しく存在する人々と自然。これがグルフレンなのだ。
「お前はこの美しさの上に立つのだ」
「必ず、お守りします。この国と、この国の王となるお方を」
胸がいっぱいでただただ涙が溢れた。
グルフレンという国に実感を持つこと。これが父の伝えたかったこと。
「現国王陛下の御子はラディス殿下ただお一人。それが何を意味するかはわかるな」
「はい。私以外にも妃を迎えるのでしょう」
「そうだ」
「心得ております。私の務めはただ国のためになること。無益な争いや謀略など決していたしません」
「それでよい。ただし、国のためにならぬ者が現れた時は――」
「お父様、それ以上の言葉は不要です。私はただ国のために」
私は父に向き直った。
「よい目だ。お前はよい娘に育った」
「お父様、これまでありがとうございました。これまでたくさんの教育を施していただき、深く感謝しております」
父は目を真っ赤にした。そして背を向けると宙を見上げて震える声で言った。
「戻ったら、ラディス殿下のもとへ行こう」
「はい」
これが娘としての最後の会話だった。
そして私はグルフレンへと嫁いだ。




