番外編 正妃オリヴィアの愛慕1
「オリヴィア様。学校建設への多大なるご寄付、ありがとうございます」
現国王陛下の正妃であり、チリオスタ殿下のご生母であるオリヴィア。私は彼女の部屋に訪れ、伏して感謝の辞を述べていた。
「顔を上げなさい、エレノア」
「はい」
いつ会っても威圧感のある妃だ。
本人にはそんなつもりないのかもしれないけれど、その絶対の忠誠という決して揺らがない信念の前に畏怖を覚える。
「あなたの西都への尽力、評価しているのよ」
「もったいないお言葉でございます」
「あの地はかねてより持て余していましたからね。この先の繁栄が楽しみです」
先王が亡くなる直前にグルフレンに統合されたザグールという国。その地は国土に広大な砂漠を擁し、統合前から貧しい国だった。そして統合され西都となってからも、裕福とは言えぬ領地であった。
「オリヴィア様より多額の寄付を頂きましたので、灌漑設備への投資にも回せそうなのです」
オリヴィアの私費から、それこそ学校が3つは建つくらいの寄付があった。
西都は水不足が頻繁に起こり、農作物はほとんど育たない土地だ。しかし今回の寄付で、学校を中心に水を引き、農業訓練も行えるようにする。
作物が育ち、自給自足が出来るようになれば、領民にとって生活の上でも精神面でも余裕を持つことが出来るはず。
「どうぞ報告を頻繁になさってね。結果次第ではまた寄付を」
「はい。良い結果をお知らせ出来るよう努めさせていただきます。ですがなぜこれほどまでの恩情をおかけになるのですか?」
「私は国が豊かに、国民が幸福になるためなら惜しむものなどありません。私財など貯めていても意味がないでしょう?」
貯めたい。
私財、とっても貯めたいです。
「ふふ、それにね。これは陛下がお決めになったこと」
「あの、それは」
冷や汗が流れる。
西都の処遇を決める四者会談で出た、チリオスタの案と、私とレオンの案。
国王陛下が選んだのは、学校建設という私とレオンの案だった。
結果、チリオスタは王太子をレオンに譲ることとなった。
オリヴィアが腹を裂いてまで第一王子にすることを望んだチリオスタは、今レオンの側で宰相として働いている。
「よい。私は恨んでなどおりません」
本当にそうなのだろうか。
「チリオスタ殿下は合理的でした。きっとチリオスタ殿下の言うとおりにしても、平穏は保てました。むしろ経済的にもその方が安価で済みました」
「確かにエレノアのやろうとしていることは時間も経費もかかりますね」
「はい」
「でもそれは国民のためになるのでしょう? 貴女は以前私に言いました。貴女のすることは、人を幸福にするのだと」
「それだけは誓えます」
「ならよい」
はっきりとそう言ったオリヴィアの顔はどこか満足気だった。
「あの、今日は少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
前にオリヴィアの私室に招かれた時、私が質問しようとすると門前払いを食らった。
「えぇ、構いません。あなたは次の正妃になるのですから」
ゆったりと微笑むオリヴィアはやはりどこか恐ろしかった。
「チリオスタ殿下もそうですが、なぜオリヴィア様は――」
手がじんわりと汗ばむ。
「なぜ、チリオスタ殿下の王太子辞退を、それほどあっさりと受け入れなさるのですか」
オリヴィアは微笑みを湛えたまま言った。
「貴女はまだ私の忠誠がいかほどか、わかっていないようですね」
「申し訳ございません」
思わず謝罪の言葉が出てしまう。
「なぜ? それは陛下がお決めになったから。私の陛下への忠誠は絶対なのです」
「ですが」
「陛下は決して選択を誤らない。陛下がお決めになったならば、それが正解なのです」
そうなのだろうか。
王宮へ来て日の浅い私には理解できない。
「誤らない人間などいるのでしょうか」
「陛下を愚弄するのか」
一気に空気が張り詰める。
「とんでもございません」
「陛下は誤らない。そして、私は息子にもそんな王になれと常々言ってきた」
「確かにチリオスタ殿下のご判断はいつも迷いがなく、迅速で的確です」
「だがあれは迷った」
「え?」
いつ?
チリオスタ殿下が迷った?
「自分よりも王に相応しい人間がいるのではないかと迷った。王たる者として、一番迷ってはならぬ根幹で迷った」
たったそれだけで?
失敗したわけじゃない。迷いが生まれただけなのに。
「レオンと私は、迷わないなんて出来ません」
「だから何ですか? あなたたちはそういう国王になるのでしょう。悩み、意見し、擦り合わせ、そこから最良を選ぶのでしょう?」
「それでも良いとお考えですか」
「それがあなたたちの時代。時代が変わる、それだけのことです」
そうなのだろうか。
私が黙り込んでいると、オリヴィアはまた微笑みを浮かべた。
「他にも何か?」
もうこの話は終わり、そういうことだろう。
「あの、マーガレット様のことは、いかがお考えだったのでしょう」
ずっと気になっていた。
晩餐会の日、最初は徹底的にレオンの母、マーガレットの存在を黙殺していた。
しかし陛下の御心を汲み取ってからは、手の平を返したようにマーガレットを受け入れた。
ずっと聞きたかった。
オリヴィアの本心はどこにあったのか。
あの時オリヴィアはマーガレットの目を見て「やっとここまで来てくれましたね」と言った。
あれはどういうことだったのか。
マーガレットが公妃となる日をずっと待っていたのだろうか。
「正妃である私が、第三妃のことを語るなどよろしくないわ」
「ですが、マーガレット様は以前、オリヴィア様の侍女だったと――」
「それがなぁに? 彼女はこの国の第三妃。そして将来の国母。私が何か言える立場になくてよ」
あぁ、これは粘ってもダメそうです。
「失礼いたしました。本日はこれで下がらせていただきます」
「そう。では西都の件、よろしくね」
「承知いたしました」
私は深く礼をするとオリヴィアの私室を出た。
次回以降、オリヴィアの回想が入ります。




