番外編 フレデリカ3
「私だ、入るぞ」
フレデリカとお茶をしていると、扉の向こうからチリオスタの声がした。
「殿下、今日はお早いのですね」
フレデリカがさっと立ち上がり出迎える。私もフレデリカの後ろに立ち、淑女の礼をする。
「あぁ、レオンの集中力が切れてな。少し休憩だ」
チリオスタの後ろにはレオンが立っていた。嬉しそうに私に視線を送っている。
「承知致しました。すぐにご用意させますわ、どうぞ中へ」
「いや、いい」
「殿下?」
「せっかくだ、屋上庭園にでも出よう」
フレデリカは急に顔を曇らせる。
無理もない。彼女はウルルによる毒殺未遂の後、怖くて一歩も部屋から出ていないのだから。
「心配ない。私もレオンも、エレノアもいるのだ」
「そう、ですね」
フレデリカは不安そうな声で言った。
「フレデリカ様、大丈夫ですわ。私がお側におります」
私はフレデリカの手をとる。その細い指はカタカタと震えていた。
「エレノア様……」
躊躇いつつも、フレデリカは小さく頷いた。
チリオスタとレオンが先に歩き、私とフレデリカが後に続く形になった。
フレデリカはそわそわと首を振っては周囲を警戒しているように見えた。
うーん、何か話を振って、意識を私に向けさせた方がいいでしょうか。
「フレデリカ様」
「は、はいっ」
びくっと肩を震わせる姿は、まるで肉食獣を前にした小さなリスのよう。
「チリオスタ殿下は毎日フレデリカ様の部屋に?」
「え? 殿下ですか?」
「はい。先程『今日はお早い』と仰っていたので、いつもはどうなのかと」
「来てくださるようになったのは、王太子を譲られた日からです。毎晩部屋を訪れては、何か言いたいことはないかと……」
「何か言いたいこと?」
どういうことだろう。
「私も最初は殿下の真意がわからず、特にお答えすることもなかったのですが、数日前に言ってみたのです。エレノア様に会いたいと」
「なるほど。そういうことだったのですね」
「殿下はあの日以来お変わりになりました」
「そ、そうですよね!」
私も思います!
以前にも増して、食えない奴になっているというか。人をからかって喜ぶことを覚えるなんて、何事かと!
「殿下はお優しくなられました」
「は?」
すみません。同意できかねます。
「以前は公的な場以外で顔を合わせることはほとんどありませんでした」
「そうなのですか?!」
「はい。伝達事項も全て使用人を通して、それもごく簡素なものだったのです」
あぁ、それはいかにもチリオスタ殿下っぽいですね。
「今は毎晩会いにいらっしゃるのですね」
「はい。それに、私の意見を聞いてくださろうとするなんて、初めてで」
フレデリカは嬉しいような、困ったような顔をしていた。さっきまでの震えはすっかり止まっていた。
「着いたぞ」
チリオスタの声が階段の上から降る。
「うわぁ、気持ちがいいですね! ね、フレデリカ様!」
真っ青な空はとても高かった。
「広い……」
フレデリカ様は空を見上げてそう呟いた。その瞳は潤んでいた。
「あぁ、広いな」
チリオスタはフレデリカの隣に来ると、腰に手を添えた。
「で、殿下?!」
「いつまでも狭い部屋にいてはつまらぬだろう」
「あっ、あの。お心遣い、光栄でーー」
「そういうのは今日は無しだ。私はそなたのことを少し知りたい。さぁ、皆で茶にしよう」
何だかチリオスタ殿下にいいように使われた気がしなくもありません。
チリオスタ殿下はフレデリカ様を外に出す機会を伺っていたのでしょうか。というか、むしろ私をダシに使いましたよね?
「エレノア、顔が怖いですよ」
レオンが私に腕を出し、エスコートする。
「いえ、何だか、チリオスタ殿下にダシに使われた気がして」
「はは、僕なんて囮にされたこともありますよ」
そういえばそうですね。
「笑い話ではありませんよ」
「まぁいいではないですか。エレノアとこうして昼間からデートが出来るなんて、夢のようだ」
レオン、顔が緩みすぎです。
「さようでございますか」
チリオスタのスパルタ教育のせいで、幸福の基準がものすごく甘くなっているような。
「あぁ、良い香りですね」
確かに屋上庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、良い香りを醸していた。
こんなに素敵な場所で膨れていてはもったいない気もする。
「何をしている。早く来ないか」
チリオスタとフレデリカは席についていた。
「エレノア、行きましょうか」
「そうですね。せっかくですから楽しみましょう」
私たちは花の回廊を進んだ。
春休み期間中、まったり更新です。お待たせしております。




