番外編 フレデリカ2
にこにこ。
フレデリカは黙って微笑み続けている。
にこにこ。
ものすごく見つめられているけど、これは一体どうしろと言うのでしょうか。
私とフレデリカはテーブルを挟んで向かい合っていた。フレデリカはティーカップを口に運ぶこともなく、ただじっと笑っている。
「フレデリカ様? あの、何か私の顔についていますか?」
「いいえ、何も」
?
じゃあ一体何なのだろうか。
「私に、何か言いたいことがおありですか?」
「あぁいけない。いつもの癖で、つい」
フレデリカはのんびりした口調で言った。頼りなさそうなのに貫禄があるというのは、やはり元王太子妃のなせる技なのだろうか。
「癖、ですか?」
「えぇ。普段は話さなくても周りがあれやこれやと話してくださいますでしょう」
わかる。
王太子妃ともなれば、取り入りたい人間や取り巻きをする人間がわんさかやって来る。そして聞いてもいないことをペラペラ喋っていく。
「それに、自分からは話さないようにしておりますの」
確かにフレデリカは物静かなイメージだ。いつもチリオスタの斜め後ろを静かに淑やかに歩く。その姿はチリオスタの美しい背景とも言えるほどで、決して自分がメインになったり、何かを主張するなんてことはない。
「なぜお話しにならないのですか?」
「そう言いつけられ育ってきたからですわ。正確に言うと、話さないというより、話すべき自分の意見を持ってはいけない、と言いますか」
「驚きました」
あぁ、声に出てしまいました。
だって、自分の意見を持ってはいけないなんて、フレデリカという人間性の否定ではありませんか。
「ふふ。そんなに嘆かわしい顔をなさらないで。これはこれで理に適っているのです。王妃の意見で国が傾きでもしたら大変でしょう?」
「でもそれとこれとは」
「王妃一人の感情のせいで、あまたの国民の生活を左右するなどあってはならぬこと。不用意な発言が誰かの不幸の種になることもあるのです」
「そういうものでしょうか」
「まぁ、私はもう王太子妃ではないのですけれど」
ぐっ!
それを言われると辛い。
「も、申し訳ありません」
「謝る必要などございませんわ。王太子妃など私には務まらなかったのです」
「そんなことございません! フレデリカ様はチリオスタ殿下をいつも立てていらっしゃいました。穏やかで慈愛に満ちた国母になるのだろうと、伯爵家にいた時から思っておりました」
私がそう言うと、フレデリカは切なげに息を吐いた。
「ですが、私は私の命を惜しいと思ってしまいました」
「え?」
唐突に何だろう。
「一度目は発砲を目の当たりにした時。これまで何事にも動じなかった心がひどくざわつきました。そして心以上に身体が、死というものに拒絶反応を示しました」
「そ、そんなの当然ですわ」
「でもエレノア様は、あの危険な場所に飛び込んできたではございませんか」
「あれは咄嗟に」
嫌な予感がして、思わずウルルに飛びついたのだ。
「そして二度目が決定的でした。あの毒入りの蜂蜜。私は死の恐怖に震えるしか出来なかった」
「毒殺されようとしていたのです。仕方ありませんわ」
「いいえ」
フレデリカは首を振った。
「私が殿下と婚約する時、オリヴィア様が仰ったのです」
「オリヴィア様、ですか?」
チリオスタ殿下のご生母で、現国王陛下の正妃である。
「死ぬ時は出来るだけ国のためになる死に方をせよ。国のためにならぬ生き方はしてはならぬ、と」
私は思わず息を呑んだ。
他でもないオリヴィア妃の言葉。自分の命と引き換えにしても我が子を第一王子にせよと侍医に命じた女。説得力がある。
「私はウルル様に殺され、チリオスタ殿下にウルル様を捕らえさせなければならなかった。冷静に考えれば、それが国のためになる唯一の私の死に方だった」
「そんな悲しいこと仰らないでくださいませ」
だがその意見はチリオスタの意見とも確かに一致する。
チリオスタはフレデリカかレオンの命がウルルによって奪われるのを待っていた。謀反の確たる証拠をつかむために。
「これがチリオスタ殿下の妻、次期国王陛下の正妃になるということなのです。その器が私にはなかった。それだけのこと」
「そんなの私にもありませんわ! 死を許容するなんて、そんなの無理です」
「エレノア様は別にいいのですよ」
え?
「どうしてですか」
「私はチリオスタ殿下の影となるしか存在価値はありません。だからチリオスタ殿下のために生き死ぬだけの人生なのです。ですがエレノア様は、レオン殿下と対等に、互いに協力しながら歩んで行く人生でございましょう?」
「対等、ですか」
確かに私たちの間に主従関係はない。
むしろ仕事に関しては私が主導しているくらいだ。
「あのときだって、互いに相手を守ろうとしていたでしょう?」
レオンは私からウルルを遠ざけることでわたしを守ろうとした。
ウルルの企みに気付いた私はレオンを守ろうと走った。
でもチリオスタは妻も弟も守ろうとはしなかった。チリオスタの目はいつも国にだけ向いている。そしてチリオスタの妻は、それに添うように行動するのが責務。
言いようのない気持ちが襲う。
「フレデリカ様!」
「はっ、はい」
「もうよいのです。これからは自分のお気持ちを大切に生きてくださいませ。フレデリカ様の不自由は、私が引き受けますから!」
「ふふ、何だか申し訳ないですわね。年下の義妹に涙を流させるなんて、姉失格ですわ」
「泣いてなど、おりません」
自分ではそう思っていた。けれど、視界はぼやけていた。
「私、貴女に一度も『助けてくれてありがとう』と言えなかった。助かったことが良いことと思ってはいけない気がして」
「フレデリカ様……」
「でもそんな『悲しいこと』を言ってはだめですね。助けてくれてありがとう。レオン殿下と貴女が二人で作ってゆくこの国の未来。見るのをとても楽しみにしています」
「ありがとうございます」
「だからね、どうかこれからも遊びにいらしてね?」
あぁ、私一人が気まずく思っていただけで、やっぱりフレデリカ様は器の大きい慈愛に満ちた方だった。
「はい、もちろんです」
「嬉しいわ」
フレデリカはにこにこ笑った。




