式前日
いちゃラブ回です
「ちょ、ちょっとレオン! 落ち着いてください!」
「なぜ? 今日は僕たちが恋人でいられる最後の日ですよ?」
婚約式と王太子任命式が明日に迫っていた。
レオンは夜明け前から私を膝に乗せ、眺めたり撫でたり、執拗に私を可愛がっていた。
どんどん愛情表現が露骨になり、私は5回目のキスでついにレオンを止めた。
「そんなこと言って、明日は『夫婦になって初めての日』だとか何とか言うのでしょう?」
「言う」
真顔で答えるレオン。
正直者なのは良いのですが、もう少し何とかならないものでしょうか。
「レオン、まだ朝です。朝食も済んでおりません」
時間が早すぎて使用人すら呼べていない。
クロエなら気付きそうなものだけど、きっと気を利かせて静かにしているに違いない。
「美味しそうですね、エレノア」
「っ! 私は食べ物ではございません!」
「はは、冗談ですよ」
その目、冗談ではありませんね?
「明日の儀式は1日中続くのです。こんなことをしている場合ではありません」
午前中に婚約式と王太子任命式を行い、午後からは近隣国からの来賓やグルフレンの貴族たちとの謁見。そして夜は一晩中披露パーティーだ。
もう少し緊張感を持ってほしい。
「準備は全て終えただろう?」
「でしたらしっかり休息をとるべきですわ」
「エレノアとこうしていることが何よりの休息だよ」
私はちっとも落ち着きませんが!
「で、でしたら仕事の話を聞いていただきたいのです。学校の人事のことでーー」
「しっかり休息をとるべきだと言ったのはエレノアだぞ? 今日はオフだ。仕事の話は無しにしよう」
「で、ですが! 私、とっても落ち着かないのです!」
私が意を決して大きな声を出すと、レオンはきょとんとした。
「落ち着かない?」
「はい! もうそわそわして、くすぐったくて、落ち着かぬのです!」
「うーん、そうか」
わかってくれましたか?!
「よし、では僕からは触れぬことにしよう」
「ありがとうございます!」
あぁこれで安心だ。
無駄にドキドキしたり、触れられたところが熱くなったり、1日中これでは身が持ちません。
そもそも経験が皆無なのですから。
レオンはやっと私を膝の上から解放してくれた。
朝の支度を済ませ、軽めにとった朝食が全て片付けられた頃、レオンは奇策に出た。
「エレノア、愛していますよ」
レオンはにこにこしながら壁にもたれて立っていた。
私はローテーブルに置かれたお茶に手を伸ばしたところだった。
「あ、ありがとうございます」
「その滝のように流れる金色の髪に指を通したい」
「え?」
「その赤く染まる頬に触れたい、柔らかな唇を指でなぞりたい」
何?!
「そしてその唇に、愛の言葉を囁かせたい」
「レ、レオン?」
「あぁ、独り言です。気にせずお茶でも飲んでいてください」
気にするなと言われても。
「温かいですか?」
「えぇまぁ。身体が暖まりますわね」
「そうですか。暖まったエレノアの体温はどのくらいなんでしょうね」
知りませんよ!
「さっきから何なのですか?」
「触れられぬので、言葉で触れた気になっているのです」
「それは反則では?」
「約束は守っていますよ」
でも恥ずかしさに変わりはありません。
「あの、それもやめていただくわけにはいきませんか」
「困りましたね。ただでさえ反動でおかしくなりそうなのに」
「は、反動?!」
そんなの聞いてない!
「では黙りましょう。エレノアの頼みですからね」
そう言うとレオンは私の隣に、ほんの少しの隙間をあけて腰掛けた。
そしてじっと私を見つめる。
「今度は何ですか?」
私の問いにレオンは笑顔で返した。
レオンが体勢を変えるたびにソファーが少し沈む。息遣いだって感じる。
触れられていないのにレオンを感じてしまう。空気がレオンの存在をまとっている。
「あの、意識してしまうのですが」
それでもレオンは何も言わず、組んだ指を解いたり、くるくる回したりした。
細くて骨ばったレオンの指。
あの指に私はいつも触れられているのか。
そう考えると途端に触れたくなってしまった。
「降参です。レオンの好きなようにお過ごしくださいませ」
しかしレオンは私に触れなかったし喋らなかった。
「レオン、もういいのです。触れても構いません」
「違うな」
「え?」
「触れても構わない、じゃないだろう?」
レオンは意地悪な顔をした。
「エレノアはどうしたい?」
「べ、別に! 私は!」
「目が言っている、僕が欲しいと」
「そ、そんなことありません!」
「鏡を見てごらん」
私は鏡台にうつる自分の姿を見た。
顔は上気し、目は潤んでいた。
「こんな目で僕を見ておいて、言い逃れできる?」
恥ずかしい。溶けてなくなりたい。
「私をこんな風にしたのはレオンです」
そう言うのがやっとだった。
「ならばもっとエレノアを変えてしまいましょうか」
ぴと。
手が頬に触れる。
「エレノア。キスしてください」
「なっ!」
「僕に触れても構いませんよ?」
甘い顔をしたレオンに見つめられると、頭がぼーっとして、雰囲気にのまれてしまいそう。
「意地悪言わないで」
「先に意地悪をしたのはエレノアだ。僕は1日中エレノアと過ごせるこの日を心待ちにしていたのに」
確かにずっと忙しかった。二人きりの時間なんてそう取れなかった。
「申し訳ありません」
「謝ってほしいのではない。エレノアが僕と同じ気持ちなら、キスしてください」
あぁだめ。はしたないのに。恥ずかしいのに。
私の唇はレオンの言葉に引き寄せられるように近付いてゆく。
「好き」
唇の端から漏れ出るように言ってから、私は静かに唇を重ねた。
ほんの数秒のことだけど、身体がじんじんと熱くて、熱病にかかったみたいだった。




