雇用契約
「国王陛下、貴重なお時間を頂戴して申し訳ございません」
「よい。むしろ気にかけてくれたこと、感謝する。あれでも我が息子なのだ」
私と国王陛下は地下牢へと続く階段を降りていた。
地下水だろうか、濡れた石壁が黒々と光っている。
私はグロリアスに会うため一番奥の牢を目指していた。公国コロン転覆を目論見、秘密裏に投獄された第二王子だ。
「ご無沙汰しております」
何と呼べばいいだろうか。もう大佐でもない、殿下と呼ばれるのは嫌う人。
そもそも表向きは臣下に下ったということになっているから、殿下とすら呼べない。
「何の用だ。笑いにでも来たか?」
「いいえ」
「これはこれは。父上も一緒ではないですか。娘、上手くやったようだな?」
グロリアスは卑下た笑いを浮かべた。少し痩せたような気がする。
「グロリアス、今日はエレノアから話がある。私はそれを見届けに来た。静かに聞くがよい」
「ふんっ」
グロリアスはふてぶてしく座った。
「本日は雇用契約を結びに参りました」
「雇用契約だと?」
「西都に学校を作るのです。校長をやっていただけませんか」
「何?」
「今の西都は荒くれ者たちが多い。貴方ならそういう者たちの扱いも得意でしょう。それに何より強い。王立の学校ともなれば、グルフレンへの不満から実力行使に出る者もいないとは限りません。貴方なら抑止力にもなるし、非常時にも適切に対応出来る」
「不良のおもりと用心棒をやれと?」
「適任だと思っております」
グロリアスはにやりと笑った。
「しかし生憎牢の中だ。どうやってここから出す?」
「恩赦です。数日後には婚約式とレオンの皇太子任命式が行われます。国の慶事に恩赦を出すのは珍しいことではありません」
「なるほどな」
グロリアス投獄を知っている者は数少ない。
けれど無条件でここを出すわけにはいかない。何事も形式は大切だ。
「一方で、恩赦などそうあることではありません。今断れば貴方はここから出る機会を失います」
私が国王陛下を連れてきたのはこれが理由だ。
国王陛下の権限でしか、恩赦を発令出来ないから。
「西都の連中をけしかけて、グルフレンを襲うかもしれぬぞ?」
「それはないでしょう。貴方はコロンを乗っ取ろうとしましたが、軍を使って自国にクーデターを起こそうとは微塵も思っていなかった」
グロリアスは第二王子としての誇りを失わなかった。それは軍人らしい忠義にも見えた。
「お受けいただけますか?」
「ここは身体が鈍って仕方がない。砂漠と言えど、西都の方がマシだろう」
「もちろんですわ!」
「グロリアス、よく尽くすのだ。西都を理想の地にしてくれ」
「陛下の頼みとあらば」
グロリアスは跪き頭を垂れた。
不器用な人なのだと思う。しかしその人間臭さはきっと西都で受け入れられる。




