ウルルの目的
「妃殿下! 失礼いたします!」
私はチリオスタ妃の私室にノックもなしに飛び込んだ。
靴はどこかで脱げ、髪も乱れ、息も切れていた。
そんな私が急に現れたものだから、生粋の王族であるチリオスタ妃はそれだけで声にならない悲鳴を上げた。
「エレノア?」
驚いた様子のレオンと、邪魔者を見るかのようなウルル。
とりあえず今何かが起こっているわけではなさそうだ。
「妃殿下、突然の来訪失礼いたします。お見舞いに伺ったのですが、ご一緒してよろしいでしょうか」
私はベッドで上体だけを起こしたチリオスタ妃に淑女の礼をする。
「えっ、あっ、えっと」
チリオスタ妃は目を白黒させて、言葉にならぬ声を出す。
「そんな格好でお見舞いなんて失礼だわ。出直したら? もっとも、あなたにその権利があるとは思えないけど」
レオンに寄り添ったウルルは、まるで自分こそが妻だとでも言いたげだった。
「いや、私が許可しよう。エレノア、忘れ物だ」
扉から入ってきたのはチリオスタだった。その手には私が落とした靴が握られていた。
「で、殿下。このような姿で申し訳ございません」
チリオスタ妃は慌ててベッドから降りようとする。
「よい。突然来たのは私だ。そのまま横になっていろ」
「承知いたしました」
チリオスタの額にはうっすら汗が滲んでいた。
「レオンとそちらの娘はなぜ我が妃の部屋へ?」
チリオスタはウルルを射すくめるように見た。
「昨日、私の至らぬ行いのせいで妃殿下に恐ろしい思いをさせたことをお詫びに。お詫びの品もお持ちいたしましたの」
ウルルはそう言うと、黄金色の液体の入った小瓶を取り出した。
「これは珍しい蜂蜜だそうで、妃殿下に献上したく持ってまいりました。蜂蜜はリラックス効果もあるとのこと、是非スプーンで一口召し上がってください」
キュポ。
栓の抜かれる音が静かな部屋に響く。
だめだ。これを飲ませるわけにはいかない。
だが妃殿下に差し出されたものを私が奪うわけにはいかない。
「蜂蜜でしたらレオンの母君のご実家も養蜂を営んでらっしゃいますわね。ウルル様の蜂蜜はどこが珍しいんですの?」
「あらそうでしたの。やっぱり私たち運命なのかしら。これは東方で作られたもので、前の秋にとれたものなの」
「東方の? 秋の蜂蜜?」
養蜂のことなら商品化の際にかなり勉強した。
養蜂や蜂蜜、花の蜜による味の違いなど随分詳しくなった。
「さぁ、お召し上がりになってくださいませ」
「妃殿下、その蜂蜜は口にしてはなりません」
私は静かに言った。
「何を言うの! 嫉妬も大概になさったら?!」
「それは毒である可能性がございます」
「なっ!」
空気が凍りつき、チリオスタ妃はガタガタと震え始めた。
「エレノア、何か根拠が?」
そう言ったのはチリオスタだった。
「養蜂は基本的に春にしか行いません。なぜなら秋には猛毒を持つトリカブトの花が咲くからです。そして東方は湿気が多く、トリカブトの群生地がここよりもはるかに多い」
「そ、それは」
ウルルの顔がみるみる引きつってゆく。間違いない。
「そしてその毒は遅効性。いずれ昏睡に陥り死亡する。蜂蜜が原因だなんて誰も思わず、直接ウルル様が疑われることはきっとないのでしょうね」
「い、言いがかりだわ!」
「言いがかりかどうか、私が試してみよう。娘、それをよこせ」
チリオスタが手を出す。
「殿下! ですからこれは毒なのです! おやめください!」
私はチリオスタの前に立ち塞がる。
「よい。私がこの蜂蜜を食べ、それからどうなるか観察せよ。そしてもし私がエレノアの言うとおりに死んだなら」
冷徹な王の目でチリオスタは命じる。
「この娘を拷問にかけ、十分に自白が取れた後処刑せよ。西都でこの娘と一度でも関わりのあったものも全てだ。親、兄弟、友人、全て。そしてその後、西都を焼き払い焦土化する。もともと半分は砂地なのだ、問題あるまい」
「ひっ!」
ウルルはその場に崩れ落ちた。
「王太子を毒殺するのだ。お前ごときの命だけでは償えぬと心得よ。さぁ瓶をよこせ」
「いやっ! やだっ!」
「死ぬのが怖いか? 死ぬのが怖くて人を殺せるのか?」
「あ、あ、う、うぁぁぁ!! 悪いのはグルフレンじゃないか! 何が西都だ、私たちの国はザグール。決してグルフレンの属国などではない!」
ウルルは年相応の少女のように泣き、喚いた。
「ウルル様。貴女のような少女を使って人を殺させようとするなど、その方がよっぽど悪いことですわ」
「お父様を悪く言うな! 私は崇高な使命を持って生まれたんだ!」
「そうか、お前の父に命じられたか」
チリオスタはそう言うと踵を返した。
「いやっ! 違う! 待って! どこへ行くの! 何をするの!」
「直ちに軍に命じ西都を管理下に置く。首謀者は謀反の罪で拘束する。それが何か?」
「や、いやぁ!!」
「レオン、その娘はお前に任せるぞ」
チリオスタは見下すような目でウルルを一瞥すると、そのまま扉から出て行った。
「そんな、そんな……! 私には幼い弟も妹もいるのに! 全部お前のせいだ!」
ウルルの目が私を睨みつける。
「あなたの目的は何だったのですか? チリオスタ妃ばかり執拗に狙っていたように見えますが、もしやレオンではなく本命はチリオスタ殿下、次期正妃ですか?」
「そうよ。この女を殺し、傷心につけ込んで王太子の妻になる。いずれ子どもを産んで国母となれば、あとは邪魔な王を殺して私の子を即位させるだけ。グルフレンはザグールの手に落ちるのよ!」
叶わなかった夢物語を泣きながら話した。痛々しいその姿に、私は言葉が出なかった。




