未練
「おはようクロエ。こんなにひどい目覚めは人生で初めてだわ」
私の心を映し出すかのように、空には黒く分厚い雲がかかっていた。どんよりと暗い朝を私は窓越しに見つめる。
「朝食は召し上がられますか?」
「水だけでいいわ」
食欲などわくはずもない。
ただ、流しすぎた涙の分だけ水分を欲しているのはわかる。
「温かいものがよいでしょう」
そう言ってクロエは湯冷ましを持ってきてくれた。
その温かさが胸にしみて、また涙がこみ上げてくる。
「実家に帰った方がいいのかしら」
クロエは何も言わなかった。
「今日は否定してくれないのね」
「昨夜から見るに耐えないのです。お嬢様のお気持ちが休まるのなら、もうお止めいたしません」
困った。
レオンにも実家に帰るよう言われ、クロエにも止められないなんて、もう帰らない理由がなくなってしまった。
「レオンはどちらに? 帰る前に挨拶しなくては」
最後にひと目会いたい。
「ウルル様と朝食をとっておいでです」
クロエは悔しそうに言った。使用人にこんな顔をさせるなんて私は失格だ。
「だったらお邪魔ね。挨拶は後日、文にでも書いて出しましょう」
「承知いたしました」
「でもやはり名残惜しいわね。最後に王宮を見渡せる場所に行きたいわ。どこか高いところ」
行ったことはないけれど、軍事演習の視察用に作られた高い物見櫓があった。そこから王宮を見下ろして、胸に刻んでお別れしよう。
「お供いたします」
「ありがとう。好きよ、クロエ」
そう言うとクロエの目には涙が溜まった。
「そのお言葉は、私ではない方に、掛けて、いただきとうございました」
つかえながら言うクロエに胸が痛む。
「レオンのことはもういいの。行きましょう」
私はクロエと二人で物見櫓に向かった。
螺旋階段をずっと上がると息が切れてくる。自分の足がこんなに重いなんて、こんなに上がらないなんて!
「思いつきで来たけれど、結構ハードね」
「そうでございますね」
頂上はまだ先だ。
「ふふふ、何だか可笑しくなってきたわ。なんでこんなに必死に階段を上ってるのかしら」
「お嬢様に笑っていただけたなら、階段もさぞ本望でしょう」
「ふふ、なぁにそれ」
何だかもうやけくそだ。
「これだけ階段を上ったら、今日は疲れて家に帰れなくなってしまうかも。疲れが取れるまでここにいてはいけないかしら」
「お嬢様……」
「もう、冗談よ」
正直未練はある。
本当は帰りたくない。
けれどレオンに望まれぬ以上、ここにはいられない。
やっと頂上に辿り着き、扉を開ける。
「っ!」
「エレノア? どうしてここに」
「チリオスタ殿下。こちらにいらっしゃるとは知らず、失礼いたしました」
私は引き返そうとする。
「待て、なぜここに来たのかと聞いている」
「レオンに暇を出されましたので実家に帰ることになりました。その前に王宮を見ておこうかと」
「そうか。あれはどこまで気付いているのか」
何のことだろう?
だがレオンから、チリオスタと二人になるなと言われている。
さっさと引き返そう。
「では失礼いたします。短い間でしたがお世話になりました」
「少し話そう。こちらへ」
「いえ、雨が降り出す前に馬車に乗りますので」
「ではグルフレン第一王子として命令する。こちらに来て知っていることを話せ。お前が黙ることは国益に反するとみなし、最悪投獄する」
「なっ!」
「レオンの不利益になるぞ」
その言葉には逆らえなかった。
私はクロエを扉の向こうに控えさせ、一人でチリオスタのいる物見櫓へと足を踏み入れる。
そこは円形をしたスペースで、360度見渡せた。20人くらいは十分に入りそうである。
私は壁にもたれるチリオスタ殿下の隣に立った。
「知っているもなにもございません」
「レオンはエレノアを実家に帰すと判断したのだろう? レオンはどこまで気付き、何を知っている」
「何のことでございますか。私はただ、帰るよう言われただけでございます」
「ウルルのことは?」
「ウルル様のことは、二人きりになるなと。それだけです」
「それだけ? レオンはエレノアを守ろうとしているだろう。その件については何と?」
「守ろうとしている? どういうことですか」
レオンは私を嫌いになった。だからいらなくなった。そうではないの?
「何も聞かされていないのか、それもあれなりの優しさか。人間らしくなったものだ」
私は地に伏せて懇願した。
「どうかお教えくださいませ! チリオスタ殿下は何を知っていらっしゃるのですか。レオンはなぜこんなことをーー」
「ならば交換条件だ。私が知っていることを話す代わりに、後で私と商談してもらおう。それに必ずイエスと答えることが条件だ」
「商談、ですか。それはどのような」
「なに、簡単なことだよ。L&E商会とやらを経営していると聞いた。仕事を依頼したい、見合った報酬も出そう」
どうすれば良い?
でも拒否すれば、きっとまた「命令」されるのだろう。
「わかりました。商談は後ほど。レオンに何が起こっているのかお聞かせください」
「リーディッヒは話が早いというのは本当だな」
チリオスタは満足げに言った。
今週土日はお休み予定です。佳境でじれったいのですが、しばしお待ちいただけると嬉しいです。
と言いつつ更新してたら温かく見守ってやってください。
活動報告も更新しているのでよければご覧ください★




