夜会
レオンとの再会に失敗した私は逃げるように私室に戻った。
かつては嬉しく思った大きな仕事机や壁面の地図も、今日は視界に入れたくない。せっかくレオンが私のために選んでくれたものなのに。
「実家に帰りたい」
「そんなことをしては旦那様の面目が立ちませんよ」
「わかってる」
けど!! あー! もう!
何なのですかこのモヤモヤは!
コンコンコン。
ノックの音がする。
腐っている私の姿が見えぬよう、クロエがスマートに応対する。二言三言話したかと思うとすぐに扉は閉められた。
「お嬢様、本日は王族の皆さまが揃われての夕食会だそうです」
「そんな精神状態じゃないんだけど」
「レオン殿下の帰還とウルル様の歓迎パーティーだそうです」
行きたくないけどそんなのは通用しない。
「わかりました。少し休んだら準備しましょう」
私は髪を夜会スタイルにし、ドレスはシンプルなブルーのマーメイドにした。化粧も大人っぽくして精神統一する。
よし、大丈夫。
ウルル様のことは顧客だと思おう。苦手でもきちんと対応すること。
そしてレオンはビジネスパートナー。
あぁまた、息が詰まりそうになる。
なぜ胸が苦しくなるの? 元からレオンはビジネスパートナーだったじゃない。
「少し早いけれど行きましょうか。私が一番新参ですし、早く着いておくくらいが失礼がなくていいでしょう」
「左様でございますね」
私はクロエを伴って部屋を出た。
今日の夜会はガーデンパーティー。私は曲線を描いた階段をゆっくりと降りる。
(あれ? あそこにいるのは)
一階の廊下に白い影が見える。サイズ感的にウルルだが、一人で甲冑の前で何やらしている。
(甲冑が珍しいのかしら? 西都は統合前、あまり裕福な国でなかったと聞くし、甲冑なんて初めて見るのかもしれない。でもなぜ甲冑? もっと女の子が好みそうなものがたくさんあるのに)
何をしているのか疑問に思いながらも挨拶をしようと再び歩を進める。
しかしウルルはすぐに姿を消し、声を掛ける暇さえなかった。
夕食会は立食形式で行われた。
西都から来たウルルの食の好みがわからないため、好きなものを好きなだけ食べてもらおうという趣向のようだった。
各テーブルにはシェフがつき、お肉を切り分けたり、野菜をグリルしたり、見ているだけで楽しくなりそうなパーティー。
実際にウルルは楽しげにレオンに腕を絡ませていた。
「エレノア、楽しんでいるか?」
「チリオスタ殿下。お気にかけていただき光栄でございます。趣向をこらした素敵なパーティーですわね」
私は第一王子であるチリオスタ殿下に淑女の礼をする。
「それだけか?」
「え?」
「他に感想は?」
「そうですね。シェフの表情も豊かで食欲が増しますわ。普段は作っているところなど見られないので新鮮です」
「はは、そうか。少し場所を移そう」
???
私はチリオスタについて行く。喧騒から離れ、会場の明かりが遠くになった時、チリオスタは足を止めた。
「元気がないな」
「そうでございますか?」
「貴女が商売の話をちっともしないなんて、明日は砲弾でも降ってくるのではないか?」
チリオスタは笑った。
これは馬鹿にされているのだろうか。
「いつも商売のことを考えているわけではございません」
「まさか。王宮の立食パーティーを見て、商魂逞しいリーディッヒが何も思わぬと? いつもの貴女なら、とうにビジネスモデルの2つや3つ、思いついているはずだ」
確かに。
あのピンク色に光るシュワシュワした飲み物はどこで仕入れたのかとか、それを多色展開すればセット売りで儲かりそうだなとか、普段ならすぐに思いつきそうなものなのに。
「本当ですね。今タイムラグで思いつきましたが、少しぼんやりしていたようです」
「商売のことを考えられぬほどに、何か別のことを?」
「いえ、そういうわけでは」
「そうか、ところで花は好きか?」
チリオスタ殿下は庭に咲いた白い花を見た。
昼に蕾でみたのと同じものだろうか。場所が違えばもう咲いているものもあるのか。
私がよく見ようと近づこうとした時、チリオスタがその花弁を握り潰した。
「私は嫌いだよ。エレノアも素直になるといい」
「え?」
ぞっとする声だった。
「白い花は嫌いだろう?」
「何のことでしょうか」
「あぁほら、ダンスを始めたようだ。異国の踊りだ」
遠目に白いドレスの裾が舞うのが見えた。
くるくる回ると裾が広がり白い花のようだった。
「少し反省しているのだ。レオンという釣針を投げてみたが、予想以上のものが引っかかったようだ。エレノアに恨まれたくはないのだが、許せ」
何が言いたいのかよくわからない。
「チリオスタ殿下、ウルル様のことでしたら私は別にーー」
「なに、独り言だ。その格好では夜は少し寒いな、火のそばに戻ろう」
チリオスタはそう言うと私の腰に手を添え、皆のところまでエスコートした。
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