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元婚約者候補

「リース様がレオンの婚約者候補だったということは存じていたのですが、それはかなり前のことではありませんでしたか?」


 リースは儚げに頷いた。

 初対面の時も思ったが、触れると消えてしまいそうな神聖で儚げなオーラを纏った人だ。

 その美しさの前に、女の私も怯んでしまうくらい。


「私が以前婚約者候補に選ばれたのは、レオン殿下に対する嫌がらせだったのです」


 あぁ、どこかで聞いた話ですね。


 私の場合は遥かに身分が劣る伯爵令嬢であったから選ばれた。

 でもリースは公爵令嬢、王家に嫁ぐのに申し分ない身分だ。


「リース様のように美しく謙虚でご身分も高い女性が、嫌がらせであてがわれるとは思えませんが?」

「私は子どもの頃、もっと病弱でした。昨日は熱を出しましたが、当時ならば熱が下るまでに10日はかかったでしょう」


 リースは温室に置かれた白いベンチに腰掛けた。そしてその可愛らしい顔を陰らせて続けた。


「病弱で部屋に引きこもるだけの妃、静養の度に城を空ける妃、ろくに夜伽の相手も出来ず子も産めぬ妃。そのような妃、嫌がらせ以外の何ものでもありませんでしょう?」


 確かに。

 妻を娶ったものの、病気のために会うことすら困難ならばそれはいないのと同じこと。

 それに何より王家というものは血統主義、子を成すことが重要視される。

 それは側室を置いてでも果たさなければならない王族の義務。


「ですが婚約の話は立ち消えになったとも伺いましたが」

「はい。当時レオン殿下が仰ったのです。公爵令嬢ともあろう人が、王宮の悪意の犠牲になってはならない、辞退せよ、と」


 私も同じようなことを言われた気がしますね。


「それで話は流れたのですか?」

「お恥ずかしい話ですが、それを聞いて卒倒してしまって。意識が戻った時には婚約話はなくなっていました」


 卒倒!!何とか弱いのでしょうか!!

 金さえあれば何とでもなると言った私の可愛げのないこと!!


「それではなぜ今更?」


 リースは言いづらそうに目を伏せた。そして虫の鳴くような声で言った。


「お金が、ないのです」

「まぁ、それは大事ですわね」


 お金がないなどその方が余程卒倒しそうです。


「ですがそれも私のせいなのです。私の治療費や療養費にお金がかかるのです。シンリックの別荘を買うのにも相当無理をしているはず」


 リースは深いため息をついた。


「レオンに嫁げばリース様は王家の人間、治療も療養も最高水準のものが用意される。さらに公爵家にも多額の金が行く。それがご両親の目的ですね?」

「はい」


 リースは見たくないものを遮蔽するかのように目をつむった。


「リース様、話してくださってありがとうございます。お辛かったですね」


 私は跪きリースの手を握る。ベンチに座っているリースは驚いて目を開ける。


「エレノア様。そんなにお優しい言葉を掛けないでくださいませ。私は貴女に成り代わろうとしているひどい女なのです」

「そんなに自分を責めないでくださいませ」

「両親も昔は自分たちだけで何とかしようと必死だったのです。ですがもうどうにもならなくなってしまいました。ほんとうに申し訳ございません」


 リースは小さな手を震わせた。

 私は一呼吸置いてから、出来るだけ優しい声でリースに問う。


「リース様はレオンと夫婦になりたいとお考えですか?」

「め、滅相もございません。殿下の御心はエレノア様にあるのです」

「私のことは抜きにして、リース様のお気持ちはいかがですか?」

「殿下はお優しい方。私のようなお荷物がいればきっと気に病まれるでしょう。私は王子の妃に相応しくありません。妻になるなど考えたこともございません」


 公爵令嬢らしい解答だった。

 儚げながらもその目には公爵令嬢としてのプライドが宿っていた。私欲よりも公を重んじる心が彼女にはあるのだ。


「レオンをお慕いする気持ちはないのですね?」


 リースは静かに頷いた。







「お食事の準備が出来ました。皆様食堂にお揃いです」


 絶妙なタイミングでクロエが呼びに来た。


「すぐ行くわ。クロエ、部屋から取ってきてほしいものがあるの」


 私はクロエに2つ、持ってくるように伝えた。


「承知いたしました」


「ではリース様、参りましょうか」

「ですが行けば婚約の申込みが行われます」

「私にお任せくださいませ」


 私はリースの手を取り笑った。

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