その夜
私とレオンはそれぞれ湯を浴び、その後食堂で軽めの夕食と熱いお茶を胃に入れた。クロエには明日いっぱい休みを与え、ゆっくりするように伝えた。
部屋に戻りレオンと二人きりになると、妙に緊張した。
レオンは長いカウチに身を委ね、扉の前で立っている私に向かって手招きする。
「おいで、エレノア」
その愛おしそうな目に鼓動が速くなる。
私はカウチのそばまで行くと、伏し目がちに言った。
「先程は下手な芝居に付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「全くだ。王子に嘘をつかせる妃など聞いたことがない。反省させなくてはな」
「はい」
レオンは私の返事を聞くや否や、私の腕をぐっと引っ張った。私はバランスを崩し床に膝をつく。
「今回ばかりは肝を冷やしましたよ」
レオンの顔が近い。その手が頬に触れる。
「私も、です」
私は小さく唇を動かす。レオンは手を首の後に回すとさらに引き寄せた。
「こわかったですね。もう大丈夫ですよ」
こわかった。
そう、私は怖かったのだ。
カラットの前でも、屋敷に戻ってからも気を張り詰めていた。
けれど本当は怖くて不安でたまらなかった。
見知らぬ場所に連れて行かれる恐怖。真っ暗な森と雨の音。
この温かい手に、もう二度と触れられないかもしれないと脳裏によぎった時の言いようのない感情。
私はレオンの胸に顔を埋めて子どものように泣いた。
「すまない。僕がもっと早くに戻っていれば」
「ひっ、ひっく。いいえ、私が悪いのです。約束したのに、勝手はしないと!ごめんなさい、ごめんなさい!」
一度堰を切ると、もう止まらなかった。抑えつけていた感情が溢れ出す。
「エレノア、そんなに自分を責めなくていい」
「私もう、ここには戻れないかと、うぅっ、ひっく」
「僕がそんなこと許さない。何をしてでもエレノアを探し出すよ。例えエレノアが自分の意思で出て行ったとしてもだ」
レオンは優しく私の涙を拭う。
「い、いきません!」
「ん?」
「出ていくなど、そんなこといたしません!」
「そうか、それはよかった」
レオンはふっと笑った。
あぁ、愛おしいとはこういうことなのだろうか。
根拠はないけれど絶対的な信頼をレオンに感じる。これが愛なのだろうか。わからないけれど、胸がどうしようもなく温かい。
「困ったな。そんなに可愛い顔をされては自制出来なくなる。今日は貴女に優しくしようと思っていたのに」
レオンはくしゃくしゃと頭をかいた。
「レオンが私に優しくなかったことなどありません」
「それは誘っているのか?」
レオンは困ったように笑うと軽々と私を抱き上げた。
「優しいのは好き?」
「えぇっと、はい」
「ではとびきり優しくしてあげよう」
言葉通り、レオンは私を優しくベッドに横たえた。
そしてくすぐるように何度も頬を撫でた。
「キスをしても?」
そう言われ、私はそっと目をつむる。
「だめだよ、エレノア。きちんと言って?」
心臓が潰れそう。目を開けると顔を近づけたレオンがいたずらっぽく笑っている。
「言わなくてはいけませんか?」
「今日の僕は優しいからね。エレノアが望まないことは出来ない。どうしてほしいか言ってごらん?」
「キス、して」
「あぁ、もう何て可愛いんだ」
レオンの唇が触れる。何度も何度も。
「エレノア、愛している。もう二度と離さない」
レオンの言葉に私は小さく頷いた。
その夜レオンは私を両腕ですっぽり包んだまま眠った。




