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碌でもない男

「ゲホッ!ゴホッ!ぐぁぁあ!」

「動くな、肩の骨が砕けたんだろう」


 芋虫のように転がるカラットに、レオンは冷ややかな声を浴びせる。


「ぐっ!もう少しだったのに!」

「何が目的だ。王都に出した早馬に探らせたが、お前は素性が知れず、記憶喪失の状態で拾われたと言っていた」

「はっ!俺はそこのお嬢さんを嫁にし、国に連れ帰ろうとしていただけさ!お前よりよっぽど幸せにしてやる!」


 カラットは右肩をかばいながら身体を起こした。

 雨は激しさを増す。


「エレノアはグルフレン王国王子の妻となる人間だ。エレノア拉致、ならびに我が国に対する狼藉、覚悟の上だろうな!」

「ふん!捕まえたところで俺は裁かれない!俺はデディカ人だからな!」


 デディカは独立国家であり、他国との同盟は一切結んでいない。

 デディカ人がグルフレンで罪を犯したとして、その罪はグルフレンでは裁けないのだ。


「ならばお前は我が国から永久追放、犯罪者の熨斗をつけてデディカに返すまでだ。二度と俺たちの前に現れるな」

「畜生!だがアクアマリンはどうする!お嬢さん、俺を切り捨てるってことは、アクアマリンを捨てるってことだぜ!」


 カラットは私を見た。

 捨てられる動物が、必死で縋るような目をしていた。

 あぁ、この人はどこにも居場所がないのだ。焦がれた白い景色を持つ故郷では、その軟弱さゆえ見下され盗人としてしか生きられない。

 そしてこのグルフレンからも今追放されようとしている。


「幸いサンプルはいただきましたので、別の職人にこれと同じように作らせれば良いだけです。アクアマリン取引に関する契約書も、セントラルジュエリーの店主のサインが連帯保証人欄にあれば、あなたがいなくとも契約は有効です。問題なく取引が成立します」

「あぁ、それなら連帯保証人欄に既にサインをもらっている」


 レオンは淡々と言った。


「は、最初から俺は不要だったってことか。くそ、どいつもこいつもバカにしやがって!殺せよ、ここで殺せ!」


 そう叫ぶカラットはとても痛々しかった。

 一度でも彼が自分の存在価値を見い出せたことがあっただろうか。

 境遇は違えど、王宮で居場所のなかったレオンとどこか重なった。そして一度でもそう思ってしまうと、カラットを見捨てることなど出来なかった。

 彼もまた、自分の意思に関係なく不幸を押し付けられた人間なのだ。


「カラットは本当にそれでいいのですか?少なくとも私はあのアクアマリンのカットに、職人としての力量や信念を見ました」

「あんなの盗人をやってるうちに勝手に身ついただけだ」

「でもあの手仕事は素晴らしかった。私の想像を遥かに超える出来だった。あなたはあれを、宝石職人として仕上げたのでは?」

「……確かに楽しかったよ」


 カラットは消え入りそうな声で言った。これをすくい上げなければきっと彼を救えない。


「もう一度聞きます。シンリックジュエリーの店主として生きる道もあるのでは?雪なら冬になれば見られます。デディカで盗人として見る雪景色よりも、宝石職人としてグルフレンで見る雪景色の方が素敵ではありませんか」

「何を言ってんだ。今更そんな都合のいいこと」

「王国に対し、特別な功労をした者にはグルフレン国籍が与えられます。グルフレンの人間として胸を張って生きればよいのではないですか?」

「特別な功労?俺がしたことは背任以外の何物でもない。そんなきれいな道なんてない」

「我がL&E商会との取引で成功することは、すなわち王家への献身ですわ」

「お嬢さんは何か?自分がされたことを全て忘れるっていうのか?そんなにお人好し、いるわけない」

「あなたのしたことは許せませんが、あなたの作った作品を忘れることも出来ません。貴方ほどの宝石職人にいまだ出会ったことがない。それをみすみす逃すなんて私には出来ません」


 カラットの技術は苦境の中で磨かれたもの。貧困の中でどうにか生きるべく、「生業」として磨かれたもの。誰にでも真似できるものではない。


「王子殿下の目を見ろよ。俺が憎くてたまらないんだ。もういい、殺せ。そんな未来もあったのかと絶望するのは苦痛だ」


 沈黙が流れる。

 雨音がバチバチと地面を打つ音だけが聞こえる。


「そうだな、僕は今、君を切り捨てたいくらい怒りに満ちている」


 沈黙を破ったのはレオンだった。


「あぁ、もういいさ。俺の人生碌なものじゃなかった。碌でもない男が人知れず消えるだけだ」

「だが僕は君を殺さない」

「何?」

「君を殺すことが君の望みを叶えることになるのならば殺さない。僕は君が個人的に大嫌いだ」


 レオンはなおも冷たい目でカラットを見下ろしていた。


「そしてエレノアはどうやら君を救いたいらしい。僕は最愛の妻の希望を叶えられぬ男にはなりたくない。エレノアを愛しているからな。エレノアに感謝するがいい」

「何なんだお前達は!同情か?!そんなもの誰も俺に向けなかった!」


 カラットは目から大粒の涙を流した。


「私は貴方の技術を高く評価しただけです。あなたには価値がある」

「俺に、価値だと……?そんなものがあるわけ」

「結果はじきに数字で現れるでしょう。私が売れると思っているのです、売れぬはずがありません」


 雨音が少し落ち着き、遠くから馬の足音が聞こえてきた。屋敷の者だろう。


「しばらくは監視下に置かせてもらう。エレノア、それでいいか?」

「はい。当面はL&E商会との専属契約を結び、住居と工房もこちらで手配します。食事も運ばせますので、しばらくはそこからは出られないと心得てください」

「これだけのことをしたのだ。牢に入ったものだと諦めるんだな」


 それを聞いてカラットはまた泣いた。だがその声は憑き物が落ちたみたいにすっきりとしていた。


「ははっ。ほんとうに、何なんだお前たちは。どこまでお人好しなんだ!」


 到着した後援部隊によりカラットは応急処置を施された。

 あれだけ激しかった雨はいつの間にか上がり、私はレオンの馬に乗って月明かりの中帰路についた。




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