雨の洞穴
どのくらい走っただろうか。
雨が降り出し、カラットは馬を止めた。
「ここで雨宿りだ」
カラットが指した場所には小さな洞穴があった。
冷たく湿った地面に腰を下ろす。一体ここはどこだろう。どのくらい離れてしまったんだろう。
クロエはきっとひどく心配して、責任感に押し潰されているに違いない。カラットのことを伝えた執事だって同様だ。たくさんの人に迷惑を掛けてしまった。
なのに私が今ただ一つ強く願うのはーーレオンに会いたい。
寒さのせい?心細さのせい?
レオンのあの温かい腕に包まれたかった。
「泣いてるのか?」
そう言われて初めて、私は頬に涙が伝っていることに気付いた。
弱いところを見せては駄目だ。気丈に振る舞え!
「なぜこのようなことを?」
私は凛とした声で言った。
「人のものを盗るのが好きだと言ったろう?」
「人質にするおつもりですか?そんなことせずとも報酬はお支払いいたします。少ないというのならば用立てます」
「何か勘違いしているようだが。俺は言っただろう?一緒に来ないかと」
「独立国家デディカに?」
「話が早いな」
カラットは気が抜けたように笑った。
「あなたの髪、デディカ人特有の銀髪だわ。それにあれだけ高級指向の宝飾店を経営していて、公爵令嬢のリース様を知らなかった。王国民じゃないかもとは思っていたわ」
一年中雪と氷で覆われたデディカに住む民は、皆雪のような見事な銀色の髪を持つと書物で読んだことがある。
ただ、彼らは兵士のような屈強な肉体を持っているとも。
カラットは背が高いものの、身体つきは華奢だった。
「そう、俺は純血のデディカ人だよ。でもこの身体のせいで向こうじゃ碌な身分じゃない。せいぜい盗人をして日銭を稼ぐしかない」
「それは主に宝石を?」
セントラルジュエリーの店主が目利きも加工の腕も良いと言っていた。
おおかた質の良い宝石を盗み、盗品だとわからぬよう加工し売りつけていたのだろう。
「あぁその通り。でもその日暮らしもキツくなってきてね。半年くらい前かな。あの宝石屋の旦那に記憶喪失を装って取り入って、雇ってもらったんだ」
「そうですか。宝石屋でカラットなんて名前、出来すぎだと思っていましたが、その名前もご主人が?」
「そうだよ。しょうもないよな」
カラットはつま先で小石を蹴った。
「私をどうするつもりです?」
「売り子になってもらう」
「売り子?デディカで?」
「あぁ。俺じゃあ最近さっぱり売れないんだ。いい年して独り身の素性の知れない男から買いたくないんだと。けど王国から嫁をもらい、その嫁が王国流行のジュエリーだとでも囁けば、あの国の人間ならすぐに飛びつく。貴女には商才もあるようですしね」
「デディカに戻らずシンリックジュエリーの店主として生きる道もあるのでは?」
そう言うとカラットは遠い目をした。
「やはりあの白い景色がないと落ち着かないんだ。不思議だな、あそこには嫌な思い出しかないのに」
「あなたの郷愁に付き合わされるのは不本意ですわ」
「そうは言っても帰れまい?」
カラットは余裕の笑みを浮かべた。
「そんなことありませんわ」
「自分の足でろくに歩きもしない貴族のご令嬢が、その高いヒールでどこまで行けるやら」
「そんなの脱げばよいのです」
私は靴を脱ぎ捨てた。そして暗闇に一歩踏み出した。
「おい!雨だぞ!こんなに真っ暗なのに、どうかしてる!」
カラットは私の腕を引いた。
「でもこのままここにいれば貴方の妻になり、デディカに連れ去られるのでしょう?」
「大切にすると約束する!俺はエレノアだから連れていきたいと思ったんだ!好きな商売もさせてやる」
「商売?盗品を王国の流行だと偽って売ることが?そんなの私の流儀に反しますわ。商売を舐めないでくださいませ!」
私はカラットの手を払った。
「なっ!」
「商売というのは人を幸せにするためにあるのです!誰かを不幸にし、偽り、そうして稼いだお金に何の価値がありますか!」
ドサッ!!
カラットの身体が飛ぶ。
投げられた剣の鞘で突き飛ばされたのだとわかった。
「遅くなったエレノア」
レオンの声が私を包み込む。
振り向くと雨でびしょ濡れになったレオンが馬にまたがっていた。
「レオン……本当に申し訳ーー」
「謝罪は後だ。この悪党を拘束する」
レオンは馬から飛び降りると、見たことのない剣幕でカラットを睨みつけた。




