カラット来訪
「エレノア様、失礼いたします」
夕刻、執事が部屋を訪れた。
「殿下がお戻りですか?」
「それが、シンリックジュエリーのカラットという人物が見えております」
「カラットが?」
「サンプルをお持ちしたのでエレノア様にお目通りをと」
うーん、レオンがいない間にカラットと二人で会うのはやめた方がいいでしょう。
「サンプルだけ預かっていただけますか?お話は明朝お店で改めて伺いますと伝えてください」
「承知いたしました」
少しすると執事が宝石箱を手に戻ってきた。
「予想以上だわ」
その完成度に息を飲む。
淡い水色のアクアマリンがドロップ型にカットされ、その丁寧なカッティングが光を乱反射させている。
まるでシンリック湖が陽の光を受けたときのような煌めきがそこにはあった。
「とても美しいわ。カラットに礼を伝えておいてください」
私は興奮気味に執事に言った。
「それが、エレノア様のご感想を直接伺いたいと申しておりまして。明朝まで外にて待つとのことです」
「朝まで?!外で?!」
「春と言いましてもここは水辺で夜は冷えるのですが、どうしても待つと」
感想を一言伝えるだけなら大丈夫かしら。ここは屋敷だし、外ならカラットも変なことは出来ないでしょうし。
素晴らしい出来でした、ありがとう、それだけ言ったらすぐに戻りましょう。
「わかりました。礼だけ伝えにまいりますわ。カラットはどちらに?」
「勝手口を出たところの馬屋を風よけに使うように言ってありますが、エレノア様が行かれるのは……」
確か使用人が使う、一番貧相な馬屋のはず。
屋敷に招き入れるのも何だし、一言お礼だけ言いに行こう。
「わかりました、私は構いませんわ。クロエ、お供をお願い」
「よろしいのですか」
「一晩外にいて風邪でも引かれたら納期が遅れるでしょう」
「殿下が戻られてからにしては」
「うーん。でもすぐに戻ってくるという保証もないし」
昼には戻ると言ってそれきり、もう日没も間近だ。
いつ戻るかわからないレオンを待つより、日がまだかろうじて出ている間に済ませた方が良いだろう。たった一言お礼を言うだけなのだから。
「承知いたしました」
私はクロエを伴って馬屋に出向いた。
「カラット、いますか?エレノアです。お礼に参りました」
私は馬屋の外から声を掛ける。
「あぁ、今行きますよ」
中から声がしたと同時に、馬の嘶く声が響く。
私が身構えるや否や、カラットは馬に乗って飛び出してきた。そして息をつく間もなく私を抱えると、そのまま夕闇に向かって突き進んだ。
「お嬢様!」
クロエの呼ぶ声が聞こえた気がした。
私はカラットの前に抱えられるようにして馬に乗せられていた。ものすごい揺れに今にも落馬するのではないかとぞっとした。
この暗い雑木林の中で一人落馬してしまったら?きっと怪我ではすまない。助けも呼べずにこんな場所で朽ちてしまうのだろうか。
かたや、このまま馬に乗せられずっと遠くに連れて行かれてしまったら、それはそれで最悪の事態だ。
私は人生で初めて血の気が引いた。
今まで自分の力や商才にはそれなりに自信があったし、お金があれば大抵のことはどうにでもなると思っていた。
だがこうなると私は無力だ。
恐ろしくて声も出ない、温室育ちの令嬢でしかなかった。




