根に持つタイプ
契約書の件をレオンに納得してもらうのには相当時間を要した。
まず説明をするまでに労力を使い、説明が済めば済んだで子どもっぽい駄々をこね始めた。
「エレノアとあの男の名前が一緒に存在することが気に食わない」
「契約書とはそういうものですわ。一人では出来ませんから。それに連帯保証人としてレオンにもサインをもらうと言ったではありませんか」
「エレノアとあの男にこうして縁が出来るのが嫌だ」
「嫌な相手であってもしなくてはならないのが仕事です」
「アクアマリンなら他にも受注先があるだろう」
「今回の商品はシンリックジュエリーの製作というところに価値があるのです」
「とにかく嫌だ」
「男の嫉妬は見苦しいですわよ」
「……」
夕食を済ませ、湯浴みを終え、ベッドに横たわる。
そこでようやくレオンが観念したようにため息をついた。
「今回だけですからね」
「はい!もう二度と一人で勝手に決めたりいたしませんわ!」
「あたりまえです。僕だってL&E商会の人間なのですから、次からは契約前に必ず話を通してください」
レオンは照れくさそうに寝返りを打った。背中を向けてはいるが、耳が赤いのがわかる。
「レオン、そう言っていただけて嬉しいです。今回のことは本当にごめんなさい。独り善がりでした」
「僕の方こそ見苦しくしました」
「案外根に持つタイプですのね」
私はくすりと笑った。
「エレノアのことになるとどうも駄目だな。もう寝ましょう」
「そちらを向いたまま?」
レオンは依然背を向けていた。
「今僕はとても格好悪い顔をしているので」
「レオンが格好悪かったことなんてありませんわ」
「でも見苦しいでしょ?」
「ふふ。もう、いい加減になさいませ」
「エレノアの顔を見たら、腕の中に収めて口づけたくなるにきまってる。だから今夜はこのままでいい」
そう言われて私もきっと耳まで赤くなっている。
「おやすみなさいませ」
「あぁ、おやすみ。明日はボートにでも乗りましょう」
「朝一番に早馬を出しても?」
セントラルジュエリーの店主に連帯保証人のサインをもらわなくてはいけない。
「それは僕が指示を出しておきます。僕も王都で確認したいことがあるので」
「わかりました。よろしくお願いします」
そうしてシンリック一日目の夜は過ぎた。
翌朝早馬を出したレオンが何か言いたげな顔で戻ってきた。
「どうしたのですか?」
「いや、ちょっと」
歯切れの悪いレオン。
「契約書に何か?」
「いえ、その件はきちんと早馬を出しました。昨日会ったリースのことは覚えていますか?」
「えぇ、もちろんですわ」
色白で華奢で、シンリック湖から現れた妖精かと思う程の可憐な女性だった。少女と形容した方がしっくりくるかもしれない。
「下にマドリン家の使いの者が来ていたのですが。昨夜発熱したようで」
「あら、それは心配ですわね」
「それで、僕に来て欲しいと言うのです」
「心細いのでしょう。お見舞いに行って差し上げてください」
「え?いいのですか?」
「だって、レオンをお呼びなのでしょう?」
「ですが今日はボートに乗る約束が」
「ボートなどいつでも乗れますわ。こんなに早朝から使用人が来るなんて余程のことなのでしょう。いってらっしゃいませ」
「すまない。昼には戻る」
そう言ってレオンは私の額に口づけると、マドリンの使用人とともに屋敷を出て行った。
私はその様子を大きな窓から見下ろしていた。
「お嬢様はお人好しでございますね」
「クロエ、シンリックは良いところね」
「話を逸らされるということは、何か思うところがおありなのでしょう」
「そうなのかしら?よくわからないわ」
「行ってほしくないならばそう言えば良いのです」
行ってほしくなかったのだろうか。そうだとしたらなぜ?
「うーん。行ってほしくなさそうに見えた?」
「見えませんでした」
「ふふ、何よそれ。なら別にいいじゃない」
「でも否定されませんでしたね」
確かに。
行ってほしくないなんて全く思ってない、なんて言ったら嘘になるかも。
「リース様は以前、レオン殿下の婚約者候補として名前の挙がった方」
「知ってるわ。でもとても昔のことだし、立ち消えになったのでしょう?」
レオンとの婚約話が来た時に、だいたいのことはお父様が調べた。
リース様は公爵令嬢、王家に嫁ぐには申し分ない身分だし、実際に二人は少しの間交流があったようだ。
「ご心配にはなりませんか?」
「心配?何を?ご病気のリース様を、昔馴染みのレオンがお見舞いに行っただけよ。お昼には戻ると言っていたし」
しかしその日、夕方になってもレオンは戻ってこなかった。
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