修羅場
契約書の内容は簡潔だった。
アクアマリンをドロップ型に加工し紐を通す金具をつけたものを毎月1600個納品。これを2年契約にした。
2年で芽が出なければ撤退、売れれば契約延長、まぁ売れると思うがダメな時は被害を最小限に留めなくてはいけない。
カラットが契約書に名前を入れ、続けて私も名前を入れる。
「これが結婚証明書ならいいんだけどな」
軽口を叩くカラットをよそに、私は一つ提案した。
「互いに連帯保証人をつけませんか。そちらはセントラルジュエリーの店主でいいでしょう。こちらはレオンに頼みます。それなりの量と金額が動きますので」
「あぁ構わないぜ。大口契約だからな、オーナーも喜んでサインするさ」
「ではこちらの契約書はお預かりします。早馬で王都に持って行かせます」
「わかった。ところでいつまで経っても姿の見えない王子様は何してるんだ?俺が姫様をこのまま攫っちまったらどうするつもりだ?ん?」
カラットはカウンターに肘を付き上目遣いで言った。
「殿下ならマドリン公爵令嬢を送りに行ってますわ」
「マドリン?知らねーな」
「リース様をご存知ない?」
「あぁ知らないね。そんなことよりさ、俺なら他の女のお守りをしたり、貴女を一人で男のもとにやったりしませんよ?」
「だから何です。そもそも全て私の意思ですが」
リース様を送るよう言ったのも、先に商談を始めたのも全て私の意思。
別にレオンが自ら進んで私を疎かにしたわけではない。
「俺にしときませんか?大事にしますよ」
「おかしな人ですね。初対面の女を口説く癖がおありですか?」
「癖というなら、人のものを盗るのが好きなんだ」
「私はきちんと契約を経た上で報酬を手に入れるのが好きですの。相容れませんわね。では失礼」
「待ちなよ」
カラットはひょいとカウンターを飛び越えると私の進路を塞いだ。
「貴族の結婚なんてどうせ契約結婚だろ?王族に嫁ぐより、俺といた方がよっぽど楽しく暮らせる。一緒に来ないか?」
私がカラットの脇を通り抜けようとした時、シンリックジュエリーの重い扉が勢いよく開いた。
「そんなことはさせない。それに僕はエレノアを愛している。僕の妻を返してもらおうか」
鬼気迫る目をしたレオンの呼吸はいつになく上がっていた。
「あぁ殿下、お早いお着きで。ですがまだ婚約もしていないのでしょう?」
「だから何だ」
物を言わせぬ剣幕でレオンは言う。カラットが次に何か一言でも発すれば、斬りかかるのではないかと思うほど。
「レオン、契約はほぼまとまりました。参りましょう、長居は無用です」
長居は無用。
確実にこの二人は相性が悪い。それもどうやら私のせいで。
「エレノア、帰ったら話があります」
「承知しました」
私たちはシンリックジュエリーをあとにした。
屋敷に到着すると、レオンはサロンでのお茶を断り真っ直ぐに部屋に案内させた。
「しばらく誰も寄るな」
「かしこまりました」
物分りの良い執事はさっと姿を消した。
「エレノア、何か言っておきたいことは?」
「言っておきたいこと、ですか」
私は契約書を取り出す。
「契約内容の説明をしても?それから早馬を出したいのですが」
「許可しない」
「え?」
契約書を握っていた私の手首をレオンは強く握った。
「これのためにエレノアは店に?」
その声には怒りが滲み出ていた。
「あ、あの。商談をしておりましたので」
「僕はあの時何と言った?」
「あの時、と申しますと……」
「僕は店の前で待てと言ったのだ!なぜ勝手をした!」
契約書がはらりと落ちた。
「も、申し訳ありません。商談のことで頭がいっぱいで」
よく覚えていない。アクアマリンを使った新商品で頭がいっぱいだったから。
「あの男がエレノアを良くない目で見ていたのは明らかだったろう!なにを考えているんだ!よもや、何かあっても良いと?!」
「す、すみません。しかし私情と仕事は切り離しておりますので」
「やつは切り離していたか?」
「いえ、その……。いいえ」
「何をされた?」
「な、何も!少し手を掴まれたり、指を触られたりしたくらいでーー」
「この手を、指を、触らせたのか?」
「触らせたのではございません!」
「同じことだ。許さぬ」
そう言うとレオンは唇で私の手をなぞり始める。
「ひっ」
「この手も、指も、髪も身体も全て僕のものだ」
「レ、レオン」
「まだ婚約式が済んでいないというのなら、既成事実を作ったっていいんだぞ」
「や、やめてください!」
レオンの唇が這うように上へ上がってくる。
そして首筋まできたとき、レオンは頭を私の肩にうずめた。そしてひどく落ち込んだ声で言った。
「嫉妬でどうにかなりそうだ。お願いです、もう僕の手の届かないところには行かないと約束してください」
「レオン……ごめんなさい。勝手に先走ってしまいました」
心配させてしまった、不安にさせてしまった。
それはひどく私の心をざわつかせた。
「エレノア、約束してください」
レオンは顔を上げ、切なそうな顔で私を見つめる。
「ずっとそばにいることは出来ませんが、レオンに心配をかけるようなことはいたしません。勝手な行動も慎みます」
「態度で示して?エレノア」
「態度、と申しますと」
「もうどこにも行かないと態度で示すんだ。こんな風に」
レオンは私をきつく抱きしめた。
甘くて、苦しかった。
「ご心配をおかけいたしました。ですが私は縁談が来たあの日、理由はどうであれレオンと添い遂げると決めたのです」
私はそっとレオンの背中に腕を回す。
「好きとは言ってくれないのですね」
悲しげなその声に私の胸はぎゅっと締め付けられ返事が出来なかった。
2日続けて夜中にすみません。。




