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公爵令嬢

「う、売りたいとは、どういうことですか?」

「言葉通りの意味ですわ。アクアマリンは人気がなく、さらに安価。ということは仕入れ値は抑えられ、なおかつ量も確保できるのです」

「し、しかし人気のない石など、確保したところで売れないのでは?」

「付加価値をつけるのです」

「どうやって」

「うーん、てっとり早いのは意匠を凝ることですが。まぁそれはこれから考えます。さっき思いついたばかりなので」


 レオンは眉間に手をやると、声にならない声を出した。


「エレノア、僕は二人の旅行を純粋に楽しめればと」

「こんなところに商機が転がっているのが悪いのです」


 私はアクアマリンをつまみ上げた。

 やはり美しい。目立つ石ではないが水滴のようにキラキラして清潔感がある。


「レオン、シンリックジュエリーに戻っても?」

「あの男がいる店に君を戻したくないな」

「商談に個人的な感想を持ち込まないでください」

「どの道戻るつもりなのだろう?ならば戻ってよいかなど聞かないでほしいな」


 レオンはあからさまに不機嫌になる。だがここで引くわけにはいかない。


「それは戻ってもよいということですね?」

「よくはない。妥協だ」

「ならば善は急げですわ」


 私たちはカフェを出た。レイクビューのカフェは、一歩出ればすぐに湖畔の遊歩道に繋がっている。

 私はシンリック湖を目を細めて見つめる。何かこの湖を象徴するような意匠はないだろうか。定番はネックレス?イヤリングも揺れてキレイだろうか。でも何だかありきたりで、付加価値というほどでもないかしら。


 その時不意に鈴の鳴るような可憐な声がした。


「レオン様?」


 真っ白な日傘をさした色白の美少女がシンリック湖を背景に立っていた。


「リース?リースじゃないですか」


 レオンは驚いたような声を出した。


「エレノア、紹介しよう。こちらはマドリン公爵の御息女、リース嬢だ」

「お目にかかれて光栄ですわ、リース様。リーディッヒ=エレノアと申します」


 私が淑女の礼をするとリースも同様に淑女の礼をした。その姿は高貴な令嬢そのもので、動作の一瞬一瞬がまさに本物の淑女であった。


「リースでございます。お噂はかねがね聞いておりますわ。ご婚約されるとか」


 鈴のように可愛らしい声がゆったりと空気を震わせる。凡人には纏えないオーラをリースは持っていた。


「身体はもういいのですか?」

「レオン様、ご心配にあずかり恐縮ですわ。日によりますが、子どもの頃よりは丈夫になりました。シンリックへは静養に来ておりますの」


 リース嬢はどうやら身体が弱いらしい。


「そうですか、あまり無理をなさらず」

「ありがとう存じます。少し日を浴びすぎましたので、帰るところなのですわ」


 確かにリースの顔は少し青白くなっていた。侍女が一人ついてはいるが、何とも心許ない。


「レオン、送って差し上げたらいかがでしょう。少しお辛そうに見受けられます」

「でもエレノアのそばを離れるわけには」

「平気ですわ。昔からのお知り合いなのでしょう?私よりリース様を」


 そう言った瞬間、リースの身体がぐらりと崩れた。


「お嬢様!」


 侍女が腕を出したがその細腕に抱えきれるわけもなく、二人とも大きくバランスを崩し倒れ込んだ。


「リース!」


 レオンは咄嗟に駆け寄った。左腕でリースを抱き寄せると、右手で侍女の手を引く。


「も、申し訳ございません。みっともないところを」

「構いません。送って行きましょう」

「い、いえ。それではエレノア様に申し訳が」


 小柄なリースは一層縮こまり、ふるふる首を振る。


「リース様、どうかお気になさらず。今はお身体が大切ですわ」

「エレノア、シンリックジュエリーの前で待っていてください。送り届けたらすぐに向かいます」

「承知しました」


 レオンは今や顔面蒼白となったリースを抱えると、侍女に先導させそのあとをついて行った。


「さて、商談といきましょうか。イメージも浮かんだことですし!」


 私は踵を返すとシンリックジュエリーに向かった。






「やぁ、これはこれは麗しのお姫様。お一人ですか?まさか俺に会いに?」


 出迎えたのはカラットだった。

 私はカウンター越しに話を始める。


「商談をしたくて。アクアマリンを、お安く大量にいただきたいの」

「安くも何も、もとから安いさ。それに在庫は腐るほど余ってる」

「ならよかった。それから加工をお願いしたいわ」

「お安い御用さ。ネックレス?イヤリング?それとも指輪かな?」


 カラットはそう言うと私の左手首を掴み、乱暴に引き寄せた。そして指先で私の薬指をなぞる。


「俺の作った指輪をこの白くて細い指につけて差し上げますよ」


 そのいやらしい顔つきに顔がカッと熱くなる。力が強くて手が振りほどけない。


「離して。商談中よ」

「あぁ、商談なら奥のサロンでしましょうか。今この店には俺と貴女の二人だけですが」

「ここで結構よ」

「そんな怖い声を出さないでください。俺は貴女の美しさに惹かれ、少しばかり積極的になっているだけなのです」

「私はレオンと婚約するのです。このようなお戯れはやめてください」

「ほぅ、ですがまだ婚約していない。奪うなら今ということ」


 カラットの指が絡み、私の手を握る。


「おやめください」

「はは、わかった。そんなに怖い顔をされると困ってしまうよ。で、加工ってどんな?」

「アクアマリンをドロップ型に加工して納品してほしいの」

「アクセサリーじゃなく、石そのものを?」

「ドロップの頂上に、糸を通せるような細工をつけてもらえると嬉しいのだけど。無理なら石だけでもいいわ」

「なに、そんなの簡単さ」

「では見積もりを出してくださる?」


 カラットは羊皮紙に手早く数字を並べた。

 安いと言えば安いけど、もう少し頑張ってもらいたい。私は羽ペンを奪うと加工料を値引いた数字を書き込んだ。


「加工はお安くしていだだけるとお約束でしたわね?」


 店を出るときにカラットが言ったのだ。


「あぁ、そういう自信満々な顔も魅力的だ」


 カラットはそう言うと、さらに端数を値引いてくれた。


「ではこれで契約書を」

「あぁ、じゃあ奥で」

「こちらで待ちますのでお気遣いなく」


 私は営業用スマイルで言った。

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