シンリックジュエリー
「こちらはサファイアの中でも特に貴重なスターサファイアというもので、光を当てると光の筋が現れるのです」
「あぁいいですね。エレノア、どうです?」
うーん、そうは言ってもショーケースのものよりさらに桁が増えるではないですか。
私は高いものが欲しいのではなく、高いものを売りたいのです。
「おや、さすがはリーディッヒ家のご息女。珍しくもないのでしょう。この深い青にはダイヤモンドも合いますよ。このようにダイヤを周りに散りばめる意匠も華やかでオススメです」
セントラルジュエリーの店主は大きなサファイアの周りに、これまた大きなダイヤモンドをごろごろと置いて見せた。
「うん、エレノアによく似合うだろうな。この石でネックレスを拵えましょうか」
「はぁ」
テンションの上がるレオンとは反対に、気乗りのしない私。
「ここにいるカラットはまだまだ若いですがセンスは抜群なのです。他にはないエレノア様だけのネックレスを作らせましょう」
「お美しいエレノア様の前ではどんな宝石も脇役ですが、こちらをお気に入りならば」
カラットはそう言って微笑む。
「ええっと。とても素敵なのですが……」
「エレノア、遠慮することなどありませんよ。プレゼントさせてください」
(遠慮しているわけではないのです!正直あまり欲しくないのです!)
なのにレオンは断りづらいほど良い笑顔でこちらを見ている。効果音をつけるなら「ほくほく」みたいな笑顔。
「失礼ながら、エレノア様は他に気になる石がおありでは?」
カラットが言った。
「えぇ、あの、まぁ」
あぁでもこの最高級品を前にして、アクアマリンが気になるなんて言ってしまっていいのだろうか。
「そうなのですか?!どれです?ルビー?エメラルド?やはりダイヤモンドが?もういっそ全部でもーー」
「先程からアクアマリンを気にされてるご様子。お近くにお持ちいたしましょうか」
カラットの言葉でサロンの空気は一変する。
「カラット失礼だぞ。あんな安い石、エレノア様に似合うわけがないだろう」
「俺はずっとエレノア様を見つめていたのでわかりますよ。その麗しい瞳は時折あの飾り棚を見つめ、アクアマリンを捉えていた。レオン殿下ならお気づきですよね。夫になるのですから」
「なっ!」
カラットの挑発的な口調にレオンの放つ空気がヒリつく。
アクアマリンが気になっているのは本当だけど、こんなところで揉めさせてはいけない。
「そのサファイアとダイヤモンドでネックレスを作っていただきましょう。ね、レオン、いいですか」
気乗りはしませんが、夫の顔を立てねばならぬ時だというのは何となくわかります。
領収書はあとで実家に回してもらいましょう。
「あぁ!もちろんですよエレノア!ただし、石は持ち帰り、意匠と製作は王宮のお抱えデザイナーにやらせる」
レオンはキッとカラットを睨んだ。
カラットは肩をすくめる。
「左様でございますか。またご縁があればいつでも」
「では石は私が責任を持って王都に送り届けましょう」
セントラルジュエリーの店主はいそいそと宝石を包み始める。
「いつ頃になる?」
「お二人をお見送り次第発ちますので、本日の夜には王宮に」
「仕事が早いな。扱う石が最高級なら、サービスも最高級だ」
「お褒めに預かり光栄です。是非セントラルジュエリー、シンリックジュエリーともにご贔屓に」
彼は商談のためだけに来たのだから、話がまとまれば帰るのは至極当然。でもレオンはひどく関心しているようだった。
「それでは出ましょうかエレノア。今度こそ湖畔の散歩に」
「えぇ、えぇっと」
あぁ気になる!あのアクアマリン!
「エレノア様、これはご挨拶代わりに。シンリックジュエリー店主からのプレゼントです」
カラットは飾り棚からひょいとアクアマリンを一粒取り、私の手のひらに入れた。
「あ、ありがとうございます」
「加工もお安くいたしますのでどうぞお気軽に」
「行くぞ!エレノア!」
レオンは私の手をぐいっと引くと、無愛想に店を出た。
「エレノア、そんな石いっそ捨ててしまってはどうです」
湖畔のカフェでお茶をしていると、レオンが不服そうに言った。
「アクアマリンのことですか?」
私はテーブルに置かれたアクアマリンに目を落とす。
シンリック湖の水深は浅く、透明度の高い水色をしている。そう、このアクアマリンのように。
「えぇ、たいした価値もないそうですし」
「確かに石としての価値は低いかもしれませんが、とてもきれいだと思います。ほら、シンリック湖のようではないですか?」
水色の水面がキラキラと輝いている。アクアマリンはシンリック湖をギュッと詰め込んだような宝石だ。
「まぁ、そう言われてみればそうですが。でもやはり貴女には似合わないのでは」
「私が身につけるのでなければ良いですか?」
「え?あぁ、まぁ」
「レオン、私はこのアクアマリンをーー」
「?」
「売りたいのです」
「は?」
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