束の間の休息
「あぁ〜やっぱり我が家って良いものですねぇ〜」
私はリーディッヒ家の湯殿にいた。
我が家の湯殿は広さはもちろんのこと、天井がものすごく高くて声がよく響く。
反響する自分の声と、絶え間なく溢れ出るお湯の音が溶け合う贅沢。あぁもう最高!
「レオン殿下のもとへお帰りにならなくてよかったのですか?」
クロエは私の髪にたっぷりの香油を塗りながら言った。
この香油の香りのする湯気を胸いっぱい吸い込むのも至福。
「今日はオフです〜。明日からまた働きますから〜」
あぁ、頭皮がとろけそう。顔面の筋肉が弛み、声もついついだらしなくなってしまう。でもこのだらだら感も幸せなのだ。
「レオン殿下と過ごすのはお仕事なのですか?」
「それはそうでしょう、ビジネスパートナーなのですから。それにレオンだって流石にゆっくりしたいでしょう。あぁ!クロエ!そこ、しゅごい〜っ!」
温まったクロエの指が、私の頭皮をぐっと揉み込む。
煩悩が頭頂から飛び出すのではないかと思うほどの気持ち良さ。
「つやつや、ぴかぴかにいたしましょうね」
「はひぃ〜」
私はクロエに全てを委ねた。
湯殿を出る頃にはぷりぷり卵肌、つやつやロングヘアー、身体からは良い香りの蒸気がホカホカ立ち上がる、麗しい令嬢に変身を遂げていた。
「自分で言うのも何ですが、とても素敵ですわ」
「普通ご令嬢は毎日これくらい磨かれるものなのですよ。ですのにお嬢様と言えば毎日お金儲けのことばかり」
まだしっとりとした髪をクロエは丁寧に結い上げる。
「毎日スペシャルマッサージを受けなくとも王家に輿入れ出来たではありませんか。結果オーライですわ」
「口が減りませんね」
「ふふ、それはお互い様よ」
特別なお楽しみがたまにあるから労働意欲も増すというもの。
クロエのスペシャルマッサージは大仕事の前と後にと決めている。普段はキレイになりさえすればそれで良いのだ。
「あぁ。そういえばレオンにご褒美を差し上げなくては。何をご所望されるかしら」
私は鏡越しにクロエと目を合わせる。
「レオン殿下の御心を私が想像するなど恐れ多いことにございます」
「うーん。王族なら、望めば大抵のものは手に入る気もしますが」
しばし考えて、はっと気づく。
「お嬢様?」
「現金よ。今回の労働に見合うだけの現金を差し上げましょう。それがいいわ、ねぇ?」
クロエは変な顔で黙っている。
「あまりに高価なものを言われても困るし、逆に安すぎるものだと申し訳なくなるでしょう?ここはきっちり計算して、過不足ない現金を報酬として差し上げましょう!」
「本気でございますか?」
「えぇもちろん!現金があれば好きなものが買えるじゃない。我ながら名案だわ」
ぐっ。クロエの右手にある髪の束が引っ張られる。
「痛っ」
「失礼いたしました」
「ご褒美なんだからパッと見た時の雰囲気も大事よね。札束にリボンでもかけましょうか」
ぐいっぐいっ。
「痛っ。何だかクロエ、雑よ?」
「申し訳ございません。私も疲れているのでしょう。さっきから変な幻聴が聞こえるのです」
「幻聴?それは大変ね、髪を結ったら少し下がりなさい。休むといいわ」
「お嬢様こそお休みになって、少しの間でもお金のことは忘れてくださいませ」
翌朝私は王宮に向かった。
「エレノア!待ちくたびれました!」
レオンは玄関口まで出迎えに来ていた。
「まぁ、大げさですわ。セキドで別れたのはほんの数日前ではありませんか」
「それはそうなのですが。さぁ、部屋でお茶にしましょう。先日のカオカオのホットドリンクも用意しているのです」
「それは素敵ですわね」
私はレオンの私室で例のドリンクを振る舞ってもらった。口に広がる甘さと鼻に抜ける香り。やはりカオカオは良い。
「これはどちらで手に入れましたの?以前いただいたのとは味が違うような。コクと深みが増してますわ」
「これはヴィンテージものだそうです。1年間砂糖漬けにしてエキスを抽出し、更に乾燥させ粉末にしておけば相当持つらしい」
「手間がかかりますのね。でも美味しい!あぁ、そうですわ、私もレオンに贈り物が。『ご褒美』です」
「エレノアが考えてくれたのですか?それは嬉しいな。何なのです?」
私は支給する現金の内訳の明細を出した。
「出張手当や深夜手当も含んでこの金額でいかがでしょう?」
それは自信満々に出した。この金額なら王子と言えども満足してもらえるだろう。
しかしレオンの顔は険しいものになった。
「あ、あの?ご満足いただけませんでしたか?少しなら、色をつけても構いませんよ」
おずおずとレオンの顔を覗く。
「エレノア、これは何なのです」
「で、ですからご褒美ですわ」
「ちょっとこちらへ来なさい。おい、誰も入って来るな」
レオンは使用人にそう告げると、私を軽々担ぎ上げベッドルームへと連れて行った。




