弾劾
「グロリアス兄上はコロン公国の食糧難と民衆の不満を利用しようとしました」
「はっ!何を根拠に」
エレノアが酒場で手に入れたコロン城周辺と城内部の地図を広げる。
「これはコロン人が持っていたものです。城への侵入経路が詳細に書いてありますが、これをもとにクーデターを起こそうと計画をしていました。もっとも、彼らは食糧を奪うことが目的でしたが」
グロリアス兄上の目が光り、口の端がくっと上がる。
「ほぅ。やはりコロン人はクーデターを目論んでいたか。父上、私が言っていた通りだ。私は派兵し、コロンのクーデターを止めようとしていたのですよ」
「しかしこれはコロン人が計画したものではありません。見知らぬ男がやってきて、クーデターを起こすよう唆したそうです」
「おいおい、レオンよ。それが私だと?何を証拠に。地図にサインでも書いてあるのか?え?」
グロリアス兄上は嘲笑うかの如く言った。
「サインはありません。しかしこれはヴェラムです」
「ふむ、確かにこれはヴェラムだ」
チリオスタ兄上が羊皮紙を手に取り確認する。そしてそのまま続けた。
「ヴェラムは希少なもの。グルフレンの中でも使用はごくわずか。王国史の記述に使う他は、軍部それも王国騎士団にのみ使用が許可されている」
「なっ?!そ、そうなのか」
グロリアス兄上が狼狽する。
「グロリアス兄上は知らなかったのでしょう。あなたの手元にあるのはいつもこのヴェラムだった。だから今回も特別気にもせず使ったのだ。この地図がコロン人に渡されたのは数日前、大方チリオスタ兄上の報告を聞いた際、地図を覚えて書き写したのでしょう」
「だがこれを私が渡したという証拠は!だいたいコロンの国境は封鎖されていた!」
「コロンの国境警備兵は金と食料を渡せば問題ない。現にその方法で国境を越えた者を知っています」
エレノアの侍女、クロエだ。
「兄上はクーデターの混乱に乗じ、公王を暗殺するつもりだった。そしてクーデターを起こした民にその責任をなすりつけ民も亡き者に。そして管理という名目でコロンを統治する。そういう計画だったのでは?」
「な、何を言う。そんなのはお前の妄想だ!」
グロリアス兄上は顔を真っ白にしながらも虚勢を張った。
思ったことが顔にも口にも出るグロリアス兄上の性格に散々苦しめられてきたが、今日ばかりはそれでよかったのだと思う。
「ではなぜ昨日になって突然派兵しようとしたのですか?僕が予定より1週間も早くコロンに入り、計画が崩れそうになって焦ったのでは?クーデターが起きる前に解決してしまっては意味がありませんからね」
「や、やつらは秘密裏にミスリル兵器を開発していたのだ!あれはいずれ我が国に牙をむく。その前に私が統治しようとしたのだ!これは正義だ!」
グロリアス兄上は悪事にシラを切り通すことを止め、保身に走った。
「ミスリル兵器の開発については契約書の通りです。当面は開発も使用も出来ません。その間に条約を締結するなり、軍縮を迫るなり、こちらも同等の戦力を確保するなり、それは陛下のご判断に任せます」
「うむ。あれの気持ちもわからぬでもない。グルフレンという大国と、独立国家デディカに挟まれ苦渋の決断だったのであろう」
父は苦々しく首を振った。
「くそ、あと少しで!あと少しであの国も、ミスリルも我が手に入ったのに!」
「グロリアス兄上!和平条約を結んでいる隣国の国家転覆を謀るなど言語道断だ!それもグルフレンの軍を利用するなど、事が明るみに出れば戦争になるのですよ!」
「レオンの言う通りだ。グロリアスのしたことは決して許されざる行為。父上、グロリアスを牢へ」
チリオスタ兄上は淡々と言う。
「くそ!兄上はそれでよかろう。いずれこの国が手に入るのだからな!だが私はどうだ。ほんの数時間遅く産まれただけで、何も手に入れられない!さればコロンの王になろうとしたまでだ!」
「それがお前の本音か。だからお前は王になれないのだ」
チリオスタ兄上の拳がグロリアス兄上に刺さった。その瞬間、その大男は身体を2つに折りその場で気を失った。
慌ただしくグロリアス兄上が運び出され、悲しそうな顔をした父上が静かに退出した。
そこには僕と長兄チリオスタが残った。
「レオン、お前は私に出来なかった交渉をやってのけた。すごいものだな」
「エレノアのおかげです」
「私も金を融通しようとしたのだがな。金と小麦では、金の方が使い勝手が良いと思うが」
「エレノアはコロン公王に未来を見せたのです。今日腹を空かせた国民が、明日温かいパンを頬張れる。向こう一年、飢えることのない幸せな未来を」
「そうか。交渉とは難しいな」
「金をもらったところですぐに腹は膨れませんからね。それに我々はクーデターの件も掴んでいた」
「あぁ、その地図はどこで?」
ヴェラム製の地図に視線を落とす。
「コロンのバザールにある汚い酒場です」
「なぜそんなところに?」
兄上は驚いた様子だった。
「これもエレノアが提案したのです。顧客のニーズを聞こうと。そこでたまたま」
「恐れ入るな。一体彼女は何者なのだ」
グルフレンきっての豪商の娘?L&E商会の創設者?
それもそうだがーー。
「僕の、妻ですよ」
「あぁ、違いない」
あぁ、早く会いたい。
僕が僕であることを肯定してくれた人。居場所を与え、隣に座り続けてくれる人。
この王宮の中で孤独だった僕を、何の躊躇いもなくすくい上げてくれた人。
「兄上、僕はL&E商会という商社をエレノアと始めたのですよ。何かご用命があれば何なりと」
「レオン、変わったな。お前もそんな口がきけるようになったのか」
本当だ。萎縮して、腐って、少し前までそんな毎日を過ごしていたのに。
「変わりたいと思えたのかもしれません。彼女を見ていると、出来ぬことなど何もないと思えてくるのです」
「そうか。では依頼をしよう。私に代わる王太子を、次期国王を見つけてきてくれ」
「何をおっしゃいます。そのような者いるわけないでしょう」
「ははは!出来ぬことなど何もないのではないのか!」
チリオスタ兄上は笑いながら謁見の間を出て行った。




