再びバザールにて
「ごきげんよう!お待たせいたしましたわ!」
昼をやや過ぎた頃、私はあのバザールに再び降り立った。
「やぁ嬢ちゃん、あんたお妃様だったんだって?」
「あら、もうバレてしまいましたの?」
昨日会った人たちが続々と近づいてくる。
「朝からうまそうな匂いの荷馬車が次々通ってよ、聞けばグルフレンの王子様とお妃様が大活躍ってんだ!」
「アタシは最初から変だと思ってたよ。不自然な喋り方といい、真新しい服といい。こりゃ何かあるってね」
集まった人たちは皆晴れ晴れとした顔をしていた。昨日の暗い雰囲気が嘘みたい。
「ふふ、あとから小麦を積んだ馬車も参りますわ。ここでもピザリアが焼けるのです。でもまず!こちらを先に召し上がって!腹が減っては戦はできぬですわ!」
私はセキドで焼いたピザリアを皆に振る舞う。
するとパン屋の女店主が小瓶を手にやってきた。
「姫さん、礼を言うよ。ここのやつらは皆あんたたち夫婦に感謝してる」
「いえいえ。こちらこそ大きなお仕事をさせていただきましたわ」
「これは少しばかりの感謝の気持ちだよ」
女店主が差し出した瓶には茶色いペースト状のものが入っていた。
「これは?」
「カオカオフィリングさ」
「カオカオ?!」
「うちの店秘伝のもんだよ。これを中に入れて焼くと、とろっと溶けて旨いんだ」
聞いているだけで唾液が溢れます!
「これ、ピザリアの中に入れても美味しいでしょうか」
「あぁ、塩気のある生地に甘いフィリング。甘じょっぱくていいんじゃない?」
甘じょっぱいだなんて、なんて甘美な響きなのでしょう!
「いただきます!ありがとうございます!」
「ところで旦那はどうしたんだい?」
「あぁ、殿下は今、王宮にいらっしゃるかと」
「王宮!やっぱり王子ってのはホントだったんだねぇ!」
レオンは王宮に戻った。
コロンの危機に目をつけ、悪事を企んだ者を弾劾しに。
「レオン。私、政治には興味がありません。この件、どうするかはあなたに任せます」
「僕は情けない第三王子だが、身内の恥はきちんと始末する」
そう言ったレオンの目には、かつての自信のなさなど微塵もなかった。
「情けなくなどありませんよ。コロン公王陛下の前でも、とてもご立派でしたわ」
「そう見えたのなら、それは全てエレノアのおかげです」
レオンは優しげに笑うと父の用意した馬に乗った。
出来るだけ早く王都に着きたいとレオンが言うと、父は身体が大きく脚の速い馬をレオンに引き渡した。
「レオン、道中お気をつけて」
「はい。王宮で会いましょう。バザールの皆によろしく」
今朝、それだけ言葉を交わすとレオンは朝日の中へ駆け出して行った。
今頃どうしているだろう。
「心配かい?」
女店主の声でふと我に返る。
「え?そんな風に見えまして?」
「遠い目をしていたからね。こんなところに来なくても、心配ならついていけばよかったじゃないか」
「ここへ報告に来るのは皆との約束ですし、ついて行きたくとも私は馬に乗れませんから。馬車では3日もかかってしまいますし」
「3日?!ならグズグズしてないで早く帰りな!もう報告は聞いたしピザリアも受け取った。あんたの仕事はもうここにはないよ!」
私の仕事はもうここにはない。
「そうですわね」
「おーい、みんな!姫さんのお帰りだよ!見送りな!」
「グルフレン万歳!」
そんな言葉を背に受けて私は帰路につく。
あぁ、この大歓声、レオンにも聞かせたかった。




