公王の決断
私はコロンとグルフレンの過去10年分の取引記録を取り出した。
コロンの需要を知り、交渉材料に使えればと取り寄せた記録。それがこんなことになるとは思わなかった。
「発光リチナーゼ。ミスリルを扱う時に使う触媒ですわ。この取引額が年々増えております」
「ぐっ、そ、それは」
コロン公王陛下の額には汗が滲んでいる。
レオンが畳み掛けるように次の言葉を投げる。
「この度の国境封鎖は情報漏洩を恐れてですね。内通者がいるようです」
「し、知っているのか!?教えよ!一体誰がっ」
「存じません。しかしその不届き者の策はおおよそ見当がついております」
「策だと?」
「陛下、このままではあなたは殺され、ミスリル兵器ごと国を乗っ取られるでしょう」
「な、な、何を根拠に」
私は酒場で手に入れた城の見取り図を公王に渡した。
「城には食糧も金もあると嘘をつき、城を襲えと民衆に指示している者がいます」
「馬鹿な、城にはもうそんなものどこにも」
「実態などどうでも良いのですわ。国民が城を襲いクーデターを起こす。その隙をついて王を殺し自分が成り代わる。そういう筋書きでしょう」
「儂はどうすれば」
公王はその場に座り込んだ。先程までの威厳は消え、とても小さい老人に見えた。
レオンはその小さな老人の肩に手を添えた。
「小麦を買ってください。幸い民衆は、食糧難さえ解決すればクーデターの意思はないと。ここに署名も」
私もレオンの反対側に立つ。
「陛下が決断してくだされば、明日のうちにも国民を食糧難から救うとお約束いたしましょう。現在グルフレン王国一の豪商、リーディッヒ家が総力をかけてセキドの町に小麦を用意しております」
「あのリーディッヒ家が?」
「はい。リーディッヒ家は私の実家なのです。そしてL&E商会はグルフレンの第三王子とその妻の経営する商社です。国難を乗り切るのにこれ以上心強い取引相手はおりませんわよ」
「それは、そうだが」
「それにすぐにパンを焼けるよう、セキドの煉瓦職人に窯を20ほど発注しております。本当に明日にでも、温かいパンを国民に配ることが出来るのです」
私は公王の手を取りその目をじっと見つめた。
「わかった。交渉成立だ」
「英断ですわ、陛下」
コロンは国境封鎖を解除し、グルフレンから小麦一年分の貸与を受ける。
コロンは翌年以降、カオカオによる無期限の返済を行う。
そして利子は返済期間中のミスリル兵器開発の中止と使用禁止。
私はその夜契約書を作成し、深夜頃に正式に契約を締結した。
翌朝、日の出と共にセキドに戻った。それからは怒涛の忙しさだった。
「王都に早馬を!陛下に契約書を渡し、至急兄上の挙兵を中止させよ!」
レオンは勇ましく言った。
私は到着していた父に事の顛末を話し、出来たての窯で早速ピザリアを焼く。
「出来たものから、一番遠い町へ運んでください。小麦も追って運びます!」
「お嬢様、あとはクロエにお任せを。寝ていないのでしょう?」
「そういうわけにはいかないの。夕刻までに必ず結果を報告すると約束しているから!」
私はそう言って笑った。




