初仕事
「人がいないな」
コロンの大地に足をつけてから一刻ほど。まだ人影すら見ていない。
畑の間にぽつぽつとある民家はどれも人の気配がなかった。
「それに何か、焦げた匂いがする」
「おそらくだめになったカオカオを焼いたのでしょう。少し甘い匂いが混じっています」
「だめになったものを掘り起こしてわざわざ焼くのか?」
「そのままにしておけば腐ってしまいますからね」
胸が痛かった。荒れ果てた畑も、収穫されることなく焼かれてしまったカオカオも。
「クロエが用意した地図によると、もうすぐバザールのはずです。そこまで行けば人がいるでしょう。重いでしょうが頑張ってください」
「これくらい重くはありませんが、一体中には何が?」
レオンは行商用の巨大なザックを背負い、さらに両腕に重いトランクを下げていた。
私がトランクを持つと言ったのだが、そこは頑として譲らなかった。
「ピザリアです」
「ピザリア?軽食なんかに出てくる?」
「はい。もっとも試食用ですのでいつも食べているものに比べてサイズは小さいのですが」
「はは、それは重いわけです」
「あぁほら、話をしていれば見えてきましたよ。バザールです」
アーチのようなものが見える。あそこになら人がいるだろう。
「ではここからは夫婦ということでお願いいたします」
私は小声で言った。
「ということも何も、僕たちは夫婦ではありませんかエレノア」
「ここから先はエリーと。私も、コホン。レオと呼びますので」
「ではお互い敬語もやめよう」
「そ、そうね」
私たちは行商の夫婦のふりをしてバザールへと足を踏み入れた。
バザールには人はいたが、開いている店は半分もなかった。
私は閉店しているパン屋をノックする。
「誰だい」
店主の女は迷惑そうに顔を出した
「突然すみません。私たち行商の者ですの」
「はぁ?帰りな。お前さんたちから物を買うような金はないんだよ」
店主は頭を振る。
「いえ、お金を取るつもりはないのです。味見をしていただけないかと」
「味見?何のだい」
「ピザリアですわ」
「ピザリア?聞いたことないね」
「グルフレンで人気のパンなのです。知人があちらに住んでいますの。カオカオ不足ですのでカオカオがなくても作れるものを教えてもらったのです」
「パン?こちとら何十年もカオカオ使って焼いてんだ。カオカオを使わないんじゃパンなんて呼べないね!」
「せめて一度ご試食いただけませんか?」
すかさずレオンがトランクを開ける。そこにはぎっしりのピザリア。
ぐぅぅぅぅ。
威勢の良い腹の音とともに、店主の顔が赤くなる。
「ふん、ものは試しだ。入りな」
「いえ、こちらで結構ですわ。出来ればたくさんの方に召し上がっていただきたいのですが。誰かお知り合いをお呼びくださいませんか?」
「はは!そんなの道端にそのトランク開けときゃ勝手に寄ってくるよ!」
その言葉通りだった。
私達がパン屋の前で試食会の準備をしていると、どんどん人が集まってきた。
これだけの人数、いったい今までどこにいたかというくらい。
「みなさん、本日はL&E商会の試食会ですわ!遠慮なく召し上がってくださいね。ほら、レオ。ピザリアを配りな!」
「エ、エリー?あ、あぁ」
セキド領主の奥様を真似てみたのだけど変だったかしら。レオンは目を泳がせながらピザリアを配っている。
「本日ご紹介するのはこのピザリア!最後まで聞いてくださった方にはお土産にもう一個プレゼントですわー!」
さぁ、L&E商会の初仕事、開幕ですわよ!




