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忠誠の証

 廊下を出ると、メイドがメザーに言付けた。


「エレノア様、私室にてレオン様がお待ちだそうです」

「はい、わかりました」


 レオンと私の私室は隣同士になっている。正確には二つの私室の間に夫婦の寝室があり、その3つの部屋は内鍵を開ければ自由に行き来が出来るようになっている。

 私はまず自分の私室に入った。控えていたクロエの顔を見てほっとする。


「おかえりなさいませ」

「ただいま、クロエ」


 婚約式を終えてクロエを正式な王宮付きの侍女にするまでは、ずっと側にいてもらうことは出来ない。

 だがこうやって出迎えてもらうと居場所があるようで安心する。


「メザー、今日はもう下がっていいわ。あとはクロエに任せます」

「かしこまりました」


 メザーが退出すると深く息を吐いた。


「お嬢様、お水を」

「ありがとう」

「少し休まれては?」

「殿下を待たせるわけにはいかないでしょう?」


 私は内鍵を開け寝室に入る。

 大きなベッドの横を通り抜け、レオンの部屋に通じている扉の前に立つ。

 私は静かにノックする。


「エレノアです。戻りました」


 すぐに扉は開かれた。そこには心配そうなレオンとお義母様の姿があった。


 促されるままソファーに身を沈めると、ふと甘い香りが鼻先をくすぐった。


(あ、カオカオ)


 しばらくは口に出来ないと思っていたカオカオ。


「さぁ、飲んで。温まるわ」


 それはホットドリンクで出てきた。


「わぁ、とろっとしててとても美味しいですわ。こんなふうにいただくのは初めて!」


 濃厚なカオカオの甘みが喉の奥に転がってゆく。


 レオンとお義母様は不安気な顔をしているが何も聞かない。

 でもここに呼んだのは、カオカオを振る舞うためではないだろう。


「レオン。オリヴィア様は王族出身と前におっしゃっていましたね?」


 私は直球で正妃の名を出した。


「えぇ。陛下のいとこにあたる方で、生まれながらにして王族です」


 生まれた時から、物心つかぬうちから国を背負うというのは想像も出来ない重圧だ。

 それがあの、決して揺るがない信念の礎。


「おそろしい人でした。いまだかつてあんなに強い目をした人を見たことがありません」


 私は正妃オリヴィアの居室での出来事を話した。二人は黙って聞いてくれた。

 最後まで話したところでお義母様が口を開いた。


「エレノアちゃん、話を聞いてくれる?」

「はい」


「私が陛下の侍女になる一年くらい前のこと。正妃様と側妃カシーミア様が同時にご懐妊されたの」


 お義母様はご懐妊による人員補充のため、臨時で正妃付きの侍女になったという。


「それは信頼していただいたわ。オリヴィア様の出産後、洗濯係に戻る予定だった私を陛下の侍女に召し上げたのはあの方なの」

「そうだったのですね」


 お義母様は元ランドリーメイドだ。実力ゆえに出世をしたのはわかっていたが、まさかオリヴィア様の侍女をしていたとは。


「あれはひどい嵐の夜で。先にお産が始まったのは側妃カシーミア様だった」

「え?でも先にお生まれになったのは第一王子のチリオスタ殿下。正妃様の子ですよね?」


 レオンが頷き言った。


「グロリアス兄上はとても大きな赤子で、なかなか生まれず難産だったそうだ。その間に正妃様にお産の兆候が現れ、身体の小さなチリオスタ兄上が先に生まれたと聞いている」

「カシーミア様は良い気分ではなかったでしょうね」

「腹を裂いてでもこの子を先に出せばよかった、そう言ったそうだよ」


 第一王子であるか、第二王子であるか。世襲が重要な王家では雲泥の差である。


「でも、実際に腹を裂いたのはオリヴィア様だった」


 お義母様のくぐもるような声に、私とレオンはかたまった。


「腹を、裂いた?」


「側妃のカシーミア様のお産が始まった直後、オリヴィア様は侍医を呼んだの。『今すぐこの腹を裂き赤子を取り上げよ。あの女を国母にしてはならぬ。これは嫉妬ではなく国のため。国のためになるのならば私の命など露ほども惜しくはない』と」


 オリヴィア様の国への忠誠とはそれほどのものなのか。


「結果、チリオスタ殿下は小さく産まれてきたのです。そして幸運なことにオリヴィア様は一命を取り留めた」

「信じられない」


 レオンは頭を抱えた。


「オリヴィア様の忠誠は本物です。それをよく覚えておいてね」


 私は深く頷いた。




 私は王宮で眠る気にもなれず、この日はクロエとリーディッヒ家に戻った。

 いずれにせよ今日の晩餐会でお義母様は事実上の公妃となったのだ。あとは婚約記念品のリーフレットで公式にお知らせするだけ。

 私はリーディッヒ家の広い浴室につかりながら売上を空想する。


「労働分、きちんとペイされるといいわね」

「お嬢様、その減らず口を治せなかったことがクロエのたった一つの後悔でございます」

「ごめんなさい」

「まぁ、素直に謝られるなんて、よほどお疲れですのね」


 クロエは私の髪にたっぷりのトリートメントをつけ、櫛で優しく梳いた。



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