正妃オリヴィア
「エレノア様がお見えでございます」
扉はすぐに開いた。部屋の奥のカウチに正妃オリヴィアはいた。
私はおずおずと正妃様の前に立つと淑女の礼をする。
「本日は私のためにありがとうございました。せっかく開いてくださった会ですのにお騒がせをいたしました」
「食事はお口に合いまして?」
「え?えぇ、はい」
彼女は何のために私を呼んだのだろう。先程の無礼をなじるため?
「皆とは仲良くなれそう?」
えぇっと、散々場を乱したのですが、それはどういった意図で質問されているのでしょうか。
「皆、と一括りにするのは難しゅうございます。信用はしていただきたいと思っておりますが、仲良く、となると相手の意思もございますので」
「信用?」
「はい、生家のリーディッヒ家は商いを生業としておりますので、信用がなによりなのです」
王妃はふぅん、と考えたあと、またにっこり笑って言った。
「エレノアのどこを信用してほしいのかしら?」
「どこ、と聞かれると難しいのですが」
「あら、言えないの?」
「申し訳ございません」
「私はありますわ。絶対に信用していただけるものが」
「オリヴィア様の信念、という意味でしょうか?」
「えぇ。それはね、この国と陛下への絶対の忠誠」
あぁ、この目だ。絶対に敵わない者と遭遇したときの生物的な恐怖。
背筋がぞくりとして身動きが出来ない。
そうか、彼女の行動は全てそこへ収束する。
晩餐の時もそうだった。
最初にマーガレット様の名前を出したとき、正妃オリヴィアはそれを黙殺した。
私一人ごときの発言、不穏分子は握り潰す。
しかし彼女の態度が手の平を返したように変わったのは陛下のお言葉があってからだった。
彼女は全て、陛下の意思を汲むように行動している。
自分の意思とは全く関係のない、陛下の意思で。
「エレノア、貴女はこの国と陛下に忠誠を誓えるのかしら?」
ほんの数秒の沈黙が永遠にも感じる。付け焼き刃の嘘ではこの王妃はごまかせない。
「正直に申し上げますと、私にとって王家とは、手段であって目的ではないのです」
「続けて?」
「私はお金儲けが好きです。この世の大抵のことは、お金があれば何とでもなると思っております」
いつかレオンにも言ったことだ。
「私は王家との婚姻によって手に入れる権力や資産が目的なのではありません。その権力をどのように商売に使うのか、結果どれほど収入が増えるのか、それが目的なのです」
「権力を商売に使う?」
「権力で無理矢理言うことを聞かせるとか、法外な値をふっかけるとか、そういう意味ではございません。王家という権力があればこそ手を出せる販路もありましょう、インフラや外交もそうですが、そういう商機のことを申し上げているのです」
「それで、私の質問の答えは?」
「オリヴィア様の質問にお答えするのならば、王家を第一に尊敬だとか、忠誠だとか、そういったことを誓うことは出来ません。王家を信用しようにも、まだ何も知らないのです。今の私はお金を信用しております、そのことを信用していただく、ということになるでしょうか」
「では金さえ積めば、王家を内部から崩壊させることもありえるということ?」
「人を陥れたり不幸にして手に入れる金は、もはやお金ではございません。ですのでご心配には及びません」
「つまりーー貴女は王家に入り、人を幸せにする仕事をする、間違いない?」
なんて耳触りの良いまとめ方なのだろうか。でもそれは私にとって過不足のない言葉に聞こえた。
「はい、間違いございません」
「そう、よかった」
正妃オリヴィアはにっこり笑った。
「あの、質問をさせていただいても?」
私は一つだけ腑に落ちないことがあった。しかし私の疑問は撥ねつけられた。
「下がってよい。貴女の人となりを知れて楽しかったです。よい夢を」
私は何を言う間もなく廊下に出された。




