晩餐の攻防
国王陛下は口を真一文字に結んでいた。
最初に口を開いたのは正妃オリヴィア様だった。
「さぁ、冷めないうちに召し上がって?」
私の発言は黙殺するつもりなのだろうか。
「なりませんわ、オリヴィア様。義母であるマーガレット様より先に、食事に口をつけるわけには参りません」
「あらごめんなさい、スープはお嫌い?お下げして。何か別のものを」
私の言葉は聞こえていないかのように正妃オリヴィアは振る舞う。
おっとりとした口調と品の良い笑みに背筋がぞくりとする。悪意が少しも垣間見られない末恐ろしさがそこにあった。
でもここで負けるようでは王室に嫁ぐ器ではないということ。
「何を持ってきていただいてもマーガレット様より先に口をつけるわけにはまいりません」
私は晩餐の主催者である陛下に向き直る。
「陛下、それがご不満なら私を退出させていただけますか」
「ならぬ。本日の主役はそなたなのだ」
そうか、陛下の御心はマーガレット様にある。私を無礼者と放り出さないということは、私の意思を認めるということ。すなわちマーガレット様を尊重する意思の現れ。
しかし陛下に言えるのはここまでなのだ。そのお立場上、現公妃を無下には出来ない。
「そういえば、城のものが噂しておりましたわ。近々公妃が一人増えるとか?そんな嘘を広めるものではないと叱責いたしましたが」
そう強い口調で言ったのは側妃のカミーシア様だった。こちらは正妃様とは真逆の感情的なタイプのようだ。直情的なグロリアス大佐を育てたというのも納得出来る。
「母上、そのような戯言に付き合うのはどうかと。まさかあの者が我々と肩を並べ食事?ハハッ!まさかもまさかだ!そのようなことが起こるなら、今後どこで食事をとればよいのか」
グロリアス大佐はマーガレット妃と食事など絶対にしない、そう宣言したも同然だった。
「カシーミアさん、グロリアス殿下、何のことを言っているのかわかりませんわ。皆が楽しめる話題を、ね?」
正妃オリヴィアは知らぬ存ぜぬで押し通すつもりらしい。
マーガレット妃の公妃入りはまだ時間がかかるのだろうか。こんな環境にずっと身を置いてなお、陛下を思い続けてお側にいるお義母様に頭が下がる。
「エレノア、そなたは本当に食べないと申すか」
陛下が言った。陛下は私の言葉を受け止めてくれている。
「はい、先程申し上げた通りでございます。陛下がご用意してくださったおもてなしの数々ですが、口にするわけには参りません。無礼とおっしゃるならばどんな罰でも受けましょう」
「そうか、では私も食事をよそう」
陛下はにっこり笑って肘掛けに肘をついた。
「おかまいなく。お料理が無駄になってしまいますわ」
「主賓のエレノアが食べないのであれば、私が食べるわけにはいくまい?」
私のせいにして、陛下自身もマーガレット妃に義理立てしようというわけか。この恩、高く付きますわよ。
「困りましたねぇ。陛下が召し上がらないのならば、皆お食事が出来ませんわ」
正妃オリヴィアが言う。そしてレオンを見るとまた言葉を続けた。
「レオン殿下。貴方のお嫁さんはどうすればお食事してくださるかしら?何かご機嫌を治す特効薬などないかしら?」
レオンは椅子から下り、一歩下がって跪いた。
「ございます。僭越ながら、私がすぐに手配しても?」
「まぁ、すぐに用意してちょうだい。私に何かお手伝い出来ることは?」
「席と食事をもう一人分」
「えぇ、すぐに」
ビジネスパートナー、やるではないですか。
ほどなくしてレオンはマーガレット様を連れてきた。マーガレット様は深く頭を下げる。
側妃カミーシアとグロリアス大佐は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「お義母様、ご無沙汰しておりました」
マーガレット様は何も発さずただ微笑んだ。その佇まいは誰が何と言おうと妃殿下そのものだった。
「あら、何だか懐かしくなってしまったわ。何年も前に辞めた侍女に似ていたので」
カシーミア様は嫌味たっぷりに言った。
「よしてくださいよ母さん。使用人が王族と同じテーブルにつくなど、恥知らずにもほどがある」
グロリアスはガハハと品のない笑い方をする。この場に1番そぐわないのは貴方ではなくて?
「グロリアス大佐は使用人と食事をともにすることはございませんの?」
「何を言い出す、エレノア嬢。使用人なぞと食事?片腹痛いわ!」
「私は私の使用人に感謝しかございません。叶うのならばその労をねぎらい食事を振る舞いたいくらいです。彼らが決してそれを望まないことを知っているので致しませんが」
「ここは王室、伯爵家とは違うのだ。よく心得られよ」
「私は使用人を私と同じ人間として尊重しております。それゆえ彼らが望まぬことはしないのです。時に、王家というものは使用人を見下し、尊厳を踏みにじって笑っていられる人間のことをいうのですか?」
「口が過ぎるぞ!全く可愛くない女だ!」
グロリアス大佐がそう言うのと同時に正妃オリヴィアが立ち上がった。
「エレノア、誤解しないでくださいませね。そこにいる側妃の子など知りませんが、陛下は国民の尊厳を踏みにじるような御方ではありませんわ。それが使用人であろうとなかろうと」
誰しもを動けなくする圧倒的オーラ。敬愛する国王陛下のみを守ろうとするその姿を見て、正妃とは何かを痛いくらいに悟る。
「承知しております。口が過ぎましたこと、謝罪いたします」
「いえ、わかっていただいているなら結構。貴女のような方を見初めたレオン殿下はご立派ね」
レオンが私を見初めたわけではない。これは嫌がらせから始まった陰謀による結婚。
だがレオンは澱みのない声で答える。
「はい、エレノアは僕にとって何にも代えがたい妻です」
「まぁ、仲がよろしいのね。あぁ、レオン殿下を育てた母上にもお会いしたいわ。こんなに素晴らしいご子息をお育てになって」
「この場を借りて紹介させていただいてもよろしいでしょうか」
「まぁ!陛下、よろしくて?」
陛下は黙って頷き天を仰ぐ。目に溜まった何かをこらえているようだった。
「僕の母、マーガレットです」
マーガレット様は深く礼をし、そのまま顔を上げなかった。
「マーガレットさん、素晴らしいご子息をお育てになられましたね」
「愚息をお褒めいただき恐悦至極にございます、奥様」
「いやだ奥様なんて。私たちは同じでしょう?王子の母なのですから」
「そのようなお言葉、勿体なくていただくことは出来ません」
「私も陛下同様、国民すべてを愛しているのです。さぁ、顔を上げて。あぁ、やっとここまで来てくれましたね」
「オリヴィア様……」
そのあとのスープの味はわからなかった。とっくに冷めていたことだけはわかったが、胸がいっぱいで飲み下すだけでも苦労した。
食事が終わると側妃カシーミアとグロリアス大佐はそそくさと出ていった。
私は国王陛下とオリヴィア様を見送ってほっと一息ついた。
「我ながら大立ち回りをしたものです」
「僕も首が飛ぶかと」
「かっこよかったですわ。いつの間にそんなに凛々しくなられましたの?」
「いえいえ、妻に先に啖呵を切られては格好がつきませよ」
「ふふ!」
「ははは!」
私とレオンは笑い合った。
「お義母さま、突然お呼び立てして申し訳ございませんでした」
「またエレノアのわがまま虫が出たのです。多目に見てやってください」
お義母様はしばし黙った後、日だまりのように笑った。
「私も変わらねばなりせんね」
決意のこもった声だった。
「エレノア様、正妃様がお呼びにございます」
一息ついたのもつかの間、私はメザーの声に呼ばれたのだった。




