クロエの本音
私室として与えられた部屋はとても機能的で、それでいてオシャレで、かといって無駄がなかった。
「このデスクとても素敵ですわね!お腹があたる部分が少し曲線になっていて、オシャレな上に実用的だわ」
手触りもとても滑らかだった。
「そちらはレオン様が奥様のためにお選びになられたのです。ですが、そのように大きなデスク何にお使いに?」
それはもう書類を広げたり、資料を積んだり!なんてことは言えない。
「私、刺繍やレース編みは大きな机でないと落ち着きませんの」
やや無理のある説明にも、メザーは「さようですか」としか言わなかった。
「この地図は近隣諸国のものですね」
壁に掛けられた地図は鮮やかに着色されていて見ているだけでウキウキする。
広い世界にはまだ見ぬ品物も、商機もたくさんあるんだろうな。
「お気に召されないのであればすぐに取り替えます。私は奥様の肖像画が良いと思うのですが」
「いえ、とんでもない!とても気に入りましたの!」
メザーは顔をしかめた。
妃殿下の部屋に飾るものとして、地図はナシなのだろう。そこで私はあることに気が付く。
「もしかしてこれもレオン殿下がお選びに?」
「おっしゃる通りでございます」
「ふふ、あとでお礼を言わなければ。お会いする時間はありますか?」
「晩餐を一緒に、と仰せでございました」
私は事前に王宮で用意されたものと、実家から運び込まれた荷物を使い勝手の良いように整理しなおす。
といってもほとんどはメイドさんたちが作業してくれたのだけど。
お昼は軽めの食事を少しだけ食べ、昼過ぎには快適な住環境になった。
そこから私は髪を整えられたり、正餐用のドレスに着替えさせられたりした。
「奥様、お食事の用意が出来ました」
ばっちりのタイミングで執事が現れる。
「すぐに参ります」
私は目もくらむような豪華な食堂に案内された。
「エレノア、とても美しいです」
レオンが出迎えてくれる。
「ありがとうございます。お部屋の家具、とても素敵でしたわ。大きなデスクと地図が特に気に入りましたの」
私は淑女の礼をして感謝を述べる。
「あはは、それはよかった。選んだ甲斐があるというものです。さぁ話は食事をしながらにしましょう」
レオンがエスコートしてくれる。私はそっと腕を絡めた。
椅子に座ると豪華な晩餐が始まった。
「王宮での生活はあなたにとって窮屈かもしれません」
「そうですね、私1つお願いがあるのですが」
「なんでしょう」
「クロエを私の侍女に置くわけにはいきませんか?王宮の侍女やメイドの方々の仕事はとても素晴らしいのですけれど、やはりクロエがいないとしっくりこなくて」
「あぁ、そんなことなら大丈夫です。リーディッヒ家の許可さえあれば、いつでも王宮で雇いましょう」
「ありがとうございます」
食事を終えて王宮を出ると外はもう真っ暗だった。帰り道はガス燈が整備されているから問題ないが、心配だからレオンも屋敷までついて来ると言った。
王宮の玄関ホールにはクロエが待っていた。
「クロエ、あなたずっと待っていたの?」
「はい。馬車が車止めに移動してからは、馬車の中で待機しておりました。先ほどお帰りの連絡を受けましたので、馬車を回してこちらにお迎えにあがりました」
「お、お昼と夕食は?!」
「あぁ、忘れておりました」
「忘れるわけないでしょう!」
「少し考え事をしていたもので」
「何をーー」
そう言いかけたとき、あのねちっこい声が聞こえた。
「おやおや、弟君と商売女殿ではないか」
義兄、グロリアス大佐だ。
「兄上、エレノアですよ」
「ご無沙汰しております」
私は淑女の礼をした
「ふぅん?捨てられるのは回避したのか。そっちは?」
グロリアス大佐はクロエを見た。
クロエは大きく頭を下げた。
「リーディッヒ家の侍女、クロエでございます。我が主人がお世話になっております」
「侍女?」
グロリアス大佐の唇がにっと上がった。
「これはこれは、お気をつけなされよエレノア嬢。何せコレの母親は、侍女でありながら父上をたらし込んだのだからな」
レオンは拳を震わせながらグロリアス大佐を睨みつけた。
「お言葉ですがお義兄さま、愛し合う二人がいるのなら、それを止められる者はおりませんわ」
「なに?」
あ、わかった。最近クロエの様子がおかしかったのは恋煩いか。
レオンはとても美しい容姿をしているし、年も近いのだから恋に落ちてもおかしくはない。
「アドバイスありがとうございますお義兄様!それではご機嫌よう!」
私はクロエを引き連れ馬車に乗った。
「クロエ、私気づかなくてごめんなさい。最近あなたがおかしかったのは恋煩いだったのね?」
「は?」
「レオンを想う気持ちに嘘はつかなくていいわ。むしろ応援する!」
「何を言い出すのですか」
「それにね、王宮に入っても、クロエを私の侍女にしていいって!レオンのお側にいられるわ」
「あなたは一体何なのですか!このバカ娘!!」
「クロ……エ?」
え?
クロエの瞳からはポロポロ涙が零れていた。
「私の調子がおかしかったのは謝罪いたします!寂しかったのです!子どもの頃からずっと一緒だったお嬢様がいなくなってしまうことが。もう私など必要なくなって、忘れられてしまうことが!」
「そ、そんな、忘れるわけないじゃない」
「屋敷を目に焼き付けていただこうと散歩に誘ったり、昔お好きだった本や人形を持ち出してみたのも、忘れてほしくなかったのです」
「クロエ……」
「それが何ですか!私が王子を好き?私がお仕えするのは後にも先にもあなただけですエレノア様。馬車の中で気持ちに整理をつけようとしていたらもう夜ですよ、何なんですか!これからも側にいていい?なんであなたは!」
私はクロエをそっと抱きしめた。
「寂しい思いをさせてごめんなさい。私もクロエがいないと寂しいの。ずっと一緒にいてくれる?」
「その質問に意味はありますか」
「ふふ、そうね。クロエ、王宮でも私の侍女でいなさい。命令です」
「御意」
私はクロエが泣き止むまで肩をぽんぽんと撫でた。




