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クロエの異変

「私は刺繍よりも、刺繍職人を探し、雇い、製作の指示をする方が合っていると思うの」


 私は珍しく窓辺で刺繍をしていた。


「レオン殿下への贈り物なのです。お嬢様が作ることに意味があるのですよ」


 クロエは扉の前で姿勢を崩さず立っている。


「素人作品なんて渡して大丈夫かしら」

「お上手ですよ。お嬢様はご自覚がないのでしょうが、レース編みも刺繍も、どこに出しても恥ずかしくない腕ですわ」

「だったらそれはクロエの教育の賜物だわ」

「お嬢様が器用でいらっしゃるのです」

「珍しい、あなたがそんなに褒めるなんて」


 今日のクロエは不気味だ。何を考えているんだろう。


「もう少しで完成でこざいますよ」


 クロエに促されて、私はまたひと針ひと針縫い進める。


「出来たわ」

「さすがでございます」


 クロエがにっこり笑った。やはりクロエの様子がおかしい。


 おかしいのはそれだけではなかった。


「今日はお屋敷をお散歩いたしましょう」

「わざわざ??家の中を??」


「夜は本を読んで差し上げましょうね」

「な、なぜ?!」


「オハヨウゴザイマス!」

「クロエ、そのうさぎの人形は何なの」

「オトモダチのピョロじゃない!」


 クロエは甲高い声を出しながら、くたびれた人形の手をパタパタ動かしていた。


「えっと?」

「子どもの頃よく一緒に寝ていたではございませんか」


 うん?えっと、どうしたの?


「私、からかわれているのかしら」

「滅相もございません」

「体調でも悪いの?」

「いたって健康でございます」


「では何か文句でもあるの?遠回しに何か伝えようとしてる?」

「お嬢様に文句のつけようなどございません」

「そんなわけないでしょう。私はクロエがいなくては淑女らしさも保てないのだから」 


 そう自虐的に言うと、クロエの目が一瞬揺れた。


「お嬢様。お嬢様はどこに出しても恥ずかしくないご令嬢でございます」


 その語気はあまりに強く、私は何も言えなかった。


 数日後、私は王宮に用意された私室を整理するため馬車に乗っていた。


「嫁ぐってこういうことなのね」

「お寂しくはないですか?」

「ふふ、まだあまり実感がなくて。それに王宮からはリーディッヒ伯爵家も、お店も見えますわ」

「さようでございますね」




 王宮の門の前に到着すると、馬車はゆっくりと止まった。

 しばらく待つと扉が開かれ、私達が下りると年配の女官が頭を下げて立っていた。


「お待ちしておりました奥様。ご案内を仰せつかりましたメザーと申します」


 奥様。これからはそう呼ばれるようになるのか。

 私は淑女の礼をする。


「お出迎えご苦労さまです。これからよろしくお願いいたしますわ」

「お目にかかれて光栄にございます。ではこちらへ」

「はい。……あら、クロエ?」


 クロエは馬車の横で、こちらに頭を下げたまま動かない。


「奥様?」

「あ、はい」

「リーディッヒ家の侍女は優秀だとお伺いしておりましたが、随分お若いのですね」


 メザーの言葉で気が付く。

 クロエはリーディッヒ家の侍女。ここから先は王室付きの侍女の仕事となるのか。


「当家の侍女をお褒めに預かり恐縮ですわ。若いですがとてもしっかりしておりますの」


 私はクロエを背に王宮へと踏み込んだ。



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