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王子様と私

王子様回です

 その日の午後、陛下とマーガレット妃は見つめ合いながら馬車に乗った。

 レオン殿下は一緒に帰っても当分居場所がなさそうだと判断したのかリーディッヒ家に残った。


 馬車の姿が見えなくなった途端、お父様は執事に引っ張られ執務室に閉じ込められた。

 ここ最近、今日の準備に相当な時間を割いてくれていたから、仕事がたっぷり残っているのだろう。

 お母様は仕事には一切口を出さないが、我が家の社交を一手に担っている。今晩もどこかの夜会に招かれているのだろう、早々に湯殿に連れて行かれてしまった。

 

サロンに移動して手持ち無沙汰になった私とレオン王子。


「落ち着かない家で申し訳ありません」

「時は金なり、無駄がなくてむしろ清々しますよ」


 王宮は無駄で溢れてますものね、とは口に出せない。

 その無駄にいくらお金を払わせられるかも大事な商売なのだ。


「王宮は無駄なものばかりですから」

「ぷっ、ふふふ」


 おかしくて思わず吹き出してしまう。


「エレノア嬢?」

「私も同じことを考えておりました」


 レオン王子は王子様らしくない。冷遇されていたのもあるだろうが、価値観は割とシビアなのかも?


「お嬢様、レオン殿下を温室にご案内されては?」


 クロエは侍女として的確で、でもでしゃばり過ぎず、いつも頭が下がる。屋敷は既にお片付けモードで、外に出た方が使用人たちの仕事効率も上がるだろう。


「殿下、私が作った温室がございますの。ご案内いたしますわ。クロエはアレを」

「かしこまりました」

「アレ?何です?」

「初めての商談に臨まれた殿下に、ご褒美ですわ」


 私はいたずらに笑う。


「僕は何もしていませんよ。貴女の独壇場だった」

「あら、立派でしたわよ。その証拠にお義母様を泣かせてらしたではありませんか」

「そ、そうだったかな」


 口ごもるレオン様の横顔はどこか少年らしさが見えて可愛かった。

 私たちは温室に向かいながら取り留めもない話をする。

 今日のプレゼンに向けて気を張っていたけれど、話をするにつれどんどん緩んでいくのを感じる。


「ビジネスパートナーとは、こうも気安くなれる相手のことをいうのでしょうか?」

「はい?」

「いえ。一仕事終えたせいですわね。何だかとても気が抜けてしまって」

「エレノア嬢?!」


 目の前が一瞬白くなったと思ったら、次の瞬間には温かい腕に包まれていた。


「すみません、ここのところあまり寝ていなかったもので」


 私は身体を離そうとしたが、足元がふらついた。


「謝るのはこちらの方です。僕や母のために貴女をこんなにしてしまって」


 ふわっと足が地面から離れた。


「レ、レオン殿下?!」

「細腕ですが、女性くらい抱えられますよ」

「い、家の者に見られたら!クロエもそろそろ追いつくでしょうしっ」


 レオン王子は私を抱きかかえたまま温室のドームを目指し歩く。


「僕たちは婚約者ですよ?見られたって構いません。それにあの侍女ならきっと、この光景を見たならそっと姿を隠すでしょう」


(それも込みで恥ずかしいのですよ!)


「殿下、それでもやはり」

「エレノア、その呼び方もかえませんか?僕のことはレオンと」


 急に呼び捨てですか。美しい顔を至近距離で拝見して頷いてしまいそうではありますが。


「時と場合によりますわ。残念ながら殿下は知名度が低くていらっしゃいます。私が『殿下』と呼ぶことで周囲の見方がポジティブに変わる状況であれば、やはり『殿下』とお呼びいたします」


 レオン王子は渋い顔をした。


「身分を利用するのは好きではないのですが」

「ではネームバリューとお思いください」

「何が違うのですか」

「ノリと雰囲気ですわ」

「わからん」

「あら、商売の世界では案外大切なのですよ」

「そうやって煙に巻くのも?」

「一国の王子様を煙に巻くだなんてとんでもない」

「下手に出て、厄介なクライアントを黙らせる作戦ですか?」


 レオン王子はニヤリと笑った。


「一本とられましたわ」

「エレノアを見ていましたからね。予想がつくようになりました」

「筋がいいですわ」


 私たちは温室前のベンチのところまでやってきた。


「レオン殿下?」

「レオンと呼ぶまで下ろしませんよ。今は忖度してくれる『周囲』とやらもいない」

「案外いじわるですのね」 


 私は頬を膨らませた。


「すみません、商談中とは違って貴女があまりにチャーミングだから」


 チャーミング?

 同世代の男性には「商魂逞しい下品な女」だとか、「淑女らしくない」と散々言われてきた。

 義兄のグロリアス大佐には「可愛げがない」って言われたっけ。


「ありがとうございます、レオン」


 私は消え入りそうな声で言った。


「?! あぁ、もう、貴女という人は!」


 ベンチに下ろされた私はレオンを見つめた。

 この沈黙が何だかこそばゆい。何か話を。あぁ駄目だ、せっかく褒めていただいたのに、やっぱり可愛くない言葉が口から出てしまう。


「念のため申し上げますが、先ほど殿下がおっしゃったことは誤解ですわ」

「?」

「私は殿下とお義母様のために今回のことを成し遂げたのではございません。どうせ嫁ぐならばその嫁ぎ先の地位は高い方が良いですし、もとより婚約式の記念品はあれに変わるものはないと自負しているからです」

「でも僕と母が救われたのは確かです。それだけではない、貴女のすることは、きっと多くの人を幸せにする」


 はっとした。


 商売は人を幸せにするためにある。

 人を陥れたり不幸にして手に入れた金では決して幸せになれない。

 お父様が口酸っぱく言っていた。


 そんな私も含めて、レオンは私を見てくれているのかもしれない。


「リーディッヒ家の家訓ですの。私は人を幸せにするために稼ぐのです」

「そうですか、そのパートナーになれたこと、光栄です」


 跪いたレオンは麗しい王子様だった。サラサラの金髪に、彫刻のように通った鼻筋。甘い言葉を放つ柔らかそうな唇に、顎のラインまで、文句のつけようがなかった。


 カチャカチャ。

 金属の擦れる音。クロエの気配だ。


「お待たせいたしました。フレッシュジュースをお搾りいたしましょう。お好きな果物をお選びください」

「さぁレオン、温室にいらして。オススメはピーチですわ!」


 私は名前を呼んだ。こみ上げる恥ずかしさを隠すために、彼の顔も見ずに温室に入った。


「エレノア、君という人は……!」

「お嬢様といると、刺激的でございましょう」

「あぁ、とても!」


「なぁに、クロエ。私の悪口?」

「お嬢様は素敵な方だと申し上げていたのです」

「ふふ、クロエが?風邪でも引いたのかしら」


 私は丸く太ったピーチを見上げながら、なんだかくすぐったい気持ちになった。

初めての評価、しかも高評価をいただき昨夜は興奮してなかなか寝付けませんでした。しかも朝起きたら増えてるというご褒美。感謝感謝です!

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