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第二章① アプローチは突然に

 目を覚ますと、家には既に朝食の良い匂いが漂っていた。

 キルトはあまり寝起きがいい方ではないが、二度寝の誘惑に屈するまえに、早々かつ盛大に腹が鳴ってくれたので、後ろ髪引かれながらも何とか身を起こした。


 ベッドから這い出し、あくびをひとつしてから、寝巻きのままで階段を下りてリビングへと向かう。


「んー、はおー」


 寝起きなものだからいまいち言葉がはっきりしないが、台所で調理中だったメリルはしっかり気づいてくれた。


「あ、おはようキーくん」


 メリルが手にしたフライパンを動かすと、フライパンの下にある独立した火が、ぴったりいっしょについて回る。

 ちなみにこれ、魔術で発生している火である。正確な発生源はメリルが各指にいっぱいつけている指輪のひとつだ。


 メリルがリズミカルにフライパンを振るうと、火が拡大と縮小をくり返して、満遍なく素材に火を通しているようだった。ちょうど中身が見えそうになる瞬間に火が膨れ上がるものだから、中身は見えなかったが。


 このように、自分の動きに合わせて火も一緒に動かすというのは、熟達した主婦でもかなり難しいことらしく、キルトでもあそこまで器用な真似はできない。

 メリルはこういうことに関しては達人なのである。

 家事に類する魔術アイテムなら他の物も同様に完璧に使いこなすので、魔術家政婦選手権があったら確実に優勝するに違いない。


 ちなみにこの手のアイテムは、キルトの手袋と同じように最下級。モノによっては魔術師でなくとも使える便利アイテムだって存在する。

 ランク的には、大きいくくりでこの次には汎用性の高い魔石。その上に、希少かつより強力な魔石である精霊石。頂点には、エルベリアを統治する賢人とかいう人たちだけがひとりひとつ持つことを許される法外な力を秘めた"禁呪"ってのがあるらしい。

 まあ、一般人には精霊石ですら縁がないので、雲の上の話だけど。


「すぐできるから、ちょっと待っててね」


 リビングのテーブルには、まるでキルトが起きてくるタイミングに合わせたかのように、こんがりいい具合に焼けたパンや、湯気と香りが立ち昇るスープ、それからサラダが用意されていた。

 キルトはおなじみの自分の席に着き、もう一品を待たずしてパンに手をつけようとしたところで……ふと手を止めた。


 いきなり玄関のドアがコンコンとノックされたのだ。

 まだ朝早いというのに誰か来たらしい。


「キーくんごめん、出てくれる~? 今手が離せなくって……」


 言いながら、メリルは器用にフライパンを操り、中身をひっくり返した。


「ふぁ~い……」


 キルトは二度目のあくびをしながら、だるそうに玄関へと向かう。

 と、再度ドアがノックされた。今度は若干乱暴になっている。

 ドンドンって感じだ。


「あいあい、今いきますよ~っと」


 ノックは極めて短い間隔で、キルトが玄関にたどり着くまで何度もくり返され、最終的には思い切り殴ってるんじゃないかと思えるほど激しさを増していった。


 急かす来訪者に若干苛立ちながらも、キルトは鍵を開け、扉を開く。

 と、みるからに高貴そうな美男子が、見た目に似合わず腕を振り上げていた。


「ッ……! あ、お、おはようございますシュバルツ殿。しかし、なんという格好ですか……」


 来訪者は腕をさっと下ろして咳払い。

 キルトはまだ不鮮明な頭を働かせる。

 高貴そうな黒い服に、肩と胸と腕に赤い甲冑をつけ、細身の剣を腰に帯びている。こんな知り合いがいただろうか。


「……どちらさま?」

「シュバルツ殿、昨日の今日ですよ? 悪ふざけはやめていただきたい」


 昨日の今日、と言われて、キルトは首をかしげる。

 ちょっと唸ってみると、騒がしい昨日の光景が徐々に思い出されてきた。


 確かこいつは、聖ヒンメルライヒのお姫様の近衛兵で、名前は……。


「イルマ……だっけ」

「ッ!?」


 キルトが言うと、来訪者は驚いたように、顔を手で半分隠して身を引いた。

 むむ? 間違えてしまったか。


「……うぉっほん! イルムガルドです」


 そうだった。長い名前の人だった。


「シュバルツ殿。今日の正午、昨日の中央公園の噴水においでください」

「……なんで?」

「来ればわかります。では、確かにお伝えしましたよ。くれぐれもそのようなみすぼらしい格好ではなく、昔のようにきちんとした、優雅な正装で」


 とはいっても、キルトにだって予定というものがある。


「いや、今日仕事あるし」


 キルトは細工師として、アクセサリーを作る工房を定期的に手伝っている。今日はまさにその日だった。フロンティアライン先端に位置するオスローでは、内地にはない鉱石も採れるのだ。


「それでしたら手を回しておきましたので、ご安心ください」


 と、イルムガルドから意外な返事が帰ってきた。

 嫌な笑いを浮かべているように見えるのは気のせいではない。つまり、拒否などさせるものかと、そういうことらしい。

 到着早々あれだけのパレードもどきをかましたヒンメルライヒである。それくらいは確かにやりそうだ。


「そうか、なら今日は引きこもって細工に没頭するとしよう」


 休日になったのはありがたいが、キルトはその強引さに昨日の騒ぎを思い出し、嫌な気持ちになって思わず皮肉った。


「はは、ご冗談を。シュバルツ殿らしくないではありませんか」


 乾いた笑顔を浮かべたかと思うと、イルムガルドが素早く動いた。


「……ちょっ!」


 寝ぼけていて反応が遅れたからか、それともイルムガルドが達人なのか。とりあえず、気づいたときには喉元に刃の先端が現れていた。


 ギリギリでキルトの喉に触れていない剣先が持ち上げられ、キルトのあごに触れる。

 眠気が一発でどこかへ吹き飛び、冷たい汗が垂れる。


「これは姫からの、"お願い"なのですよ? まさか、紳士たるシュバルツ殿が、予定もなく断るはずはありませんでしょう?」


 こういうのは脅迫というのだ。

 怒りが顔を出しかけ、キルトはイルムガルドを睨みつけて拒否をしようとして、ぐっと拳を握ろうとしたが……

 ぐぅ、というか、ぐううぅぅぅぅぅ! という具合で、もう我慢できないとばかりにわがままな胃袋が悲鳴をあげた。


「ッフ、いいお返事です……フフッ……プッ」


 笑って剣を下げたイルムガルドは、口元に手を当てて笑いをかみ殺そうとするが、殺しきれていない。というか、腹の虫を返事と取るとはひどいにもほどがあるし、それをここまで笑うのもどうなのか。


 我が事ながら、不甲斐ない腹のおかげで一気に覇気が削がれてしまい、ため息が漏れる。すると、さらに腹が鳴った。


「……ハイハイ、わかりましたよ。行けばいいんでしょ行けば」


 あっという間にやる気はゼロ。もう面倒臭いからいいや。

 とにかく今はメリルの美味い飯が食いたいのである。一刻も早くこの美男子にお帰り願うにはこれが一番手っ取り早い。


「さすがシュバルツ殿。快諾していただけて幸いです。では、(のち)ほど」


 笑顔で颯爽と身を翻し、美男子がお帰りくださった。


 これでやっと飯にありつける、と思ったが、ここでもうひとつの面倒ごとが、キルトの脳内予想図に颯爽と出現する。


 瞬間、しまった、と思った。

 面倒だからやった対応で、面倒が誘発されるわけである。

 どうして返事をするまえにそれに気づかなかったのかは、腹の虫がうるさかったせいだと思いたい。


「キーくん、でっきったよ~」


 トラブルの発生予定者が、鼻歌混じりでゴキゲンに、朝食の完成を告げた。

 メリルは明らかに来訪者たちをよく思っていない。昨日の態度や、帰宅後の矢継ぎ早な愚痴から考えて、これはまず間違いない。

 そんなメリルに今の出来事を言えばどうなるか。とりあえず確実に機嫌は悪くなるだろう。行くと言ってしまったから、キレるまであるかもしれない。


 一歩対応を間違えれば火に油を注ぎ、朝食が取り下げられるという最悪の事態も考えられる。それだけは絶対にいただけない。

 腹の虫が申し訳なさそうに、くぅ、と控えめに鳴った。

 そうか、おまえもわかっているか。いや、おまえのせいだよ。


「誰だったの?」


 これに答えない、というのは不可能である。飯が食えなければ本末転倒。メリルはまだ誰が来たかすら知らない。ではどうする。どうする。どうする!


「……街に潜む怪しい秘密結社の勧誘だった。しつこかったが、安心しろ。キッパリ断っておいたぞ」


 二秒で架空の組織を適当にでっち上げた。

 キルトは食卓に戻りながら、親指を立てて合図する。歯もこう、キラーンと。

 ……割と、っていうかかなり苦しいのは重々承知であるが、勢いでやってしまった以上は、やり通すしかない。


「あー……一応聞くけど、その組織のお名前は?」

「……えっと、ら、楽園、とか?」

「キーくん、記憶戻った?」

「う? いいや。相変わらずだ」


 ありそうなそれっぽい名前を続けてでっち上げてみたが、返ってきたのは予想と違う反応だった。


「そっか……はぁ。キーくん? 秘密結社は勧誘なんてしないし、自分からは外部に名乗らないのが普通だよ」


 と、メリルが何やら肩を落としてため息をつき、話が元に戻る。


「宗教じゃあるまいし。……そんな夢でも見たの?」


 これを聴いた瞬間、キルトの心中でチャンス! という文字が盛大にアピールを始めた。この流れなら、言える!


「……ああ、そっか。寝ぼけてたわ。怪しい宗教の間違いだった。すまんすまん」


 ひどい訂正だが、とにかく謝っておけば何とかなる。


「なにそれ。まあいいけど……、ほら座って、冷めちゃうよ」


 メリルがジト目で呆れている。明らかに呆れている。嘘はバレバレだけどしょうがないから見逃してあげるとでも言わんばかりの態度である。ちょっと心が痛い。

 だが、ともあれこれで、朝食を逃すことはなさそうだった。

 よくやった! とキルトを誉めるように、最大級の音量で腹の虫が鳴った。

 だからおまえのせいなんだって。

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