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第一章④ 女勇者かく語りき

 乱入者が手にした大振りの剣をひと振りして近衛兵たちを薙ぎ払うと、掲げた大剣にガシャッと金属音が鳴る。よく見ればそれは大振りの機械剣だった。

 さっきの飛来物は、今もとに戻された、剣側面付属の十字型のブーメランだったらしい。


「ヒンメルライヒを気遣って黙って見てれば……なんだこれ……ノアもノアだ! 勇者たるもの、その程度の拘束で参るってのは、ちょっとふがいないぜ!?」


 乱入者は機械剣を背中に背負いながら悠然と歩いてくると、キルトの目の前でフードを取ってみせた。


 現れたのは、大きく、力強さを感じさせる瞳を持った、見知らぬ女性の顔である。

 肩のあたりで外側にハネ上がったセミロングの藍色髪。その前髪はヘアバンドでかき上げられており、おでこが出ている。

 クラリッサ姫ほどではないにせよ、だいぶ整った、しかしこちらは活発そうな顔立ちだった。


 マントの隙間から少しだけ覗いている服は、ゴムのような質感に見える一体型のスーツで、髪色と同じく藍色が基調。そこに明るい水色で体のラインに添うように線が走っており、どこか機械的なイメージを連想させる。

 それは明らかに、メリルやヒンメルライヒの一団とはまた違った、独自の文化による戦闘服だった。


「久しぶりだな、ノア」


 彼女は知らない名称でキルトに微笑みを向けた。

 どうやらこの女性もキルトのことを知っているらしいが……。


「え~と、今度はどちらさま?」


 覚えていれば苦労などしないのである。


「他は忘れてもあたしだけは、と思ったが……やっぱ忘れてるのか……」


 女性は何やら複雑そうな顔で、がっくりと肩を落とした。

 と、女性の、というかキルトたちの周囲を、駆けつけた近衛兵たちが取り囲み、剣の柄に手をかける。


「貴殿は、南方大国オウランの……」


 イルムガルドも同じく剣を抜きかけていたが、女性の顔を見ると顔色が変わった。


「お、知ってもらえてるとは光栄だな。そう、あたしはシア。シア・レンだ」


 その返事に、キルトを除く周辺の人々全員が驚き、一斉にざわめいた。


 ……誰?


「シア・レンって、まさか、あの魔王を倒したっていう、生きる伝説の勇者……?」


 メリルが驚いて呟くと、シアというらしい女性は、歯を覗かせてニカッと笑った。


「その通り。で、そこのノアも、魔王討伐の勇者だ。こいつはあたしのバディだったんだよ」


 なんとまたとんでもない過去が追加されてしまった。


 明らかに歳が合いそうにない幼馴染がいて、聖教国の姫の夫になるはずで、実は南方大国の勇者と共に魔王を倒していた?

 一体全体、キルトという人物は何者だったのか。


「そのオウランの英雄が、姫の前でのこのような狼藉(ろうぜき)。コトは国際問題になるとおわかりか?」


 笑っているシアとは対照的に、イルムガルドの表情は険しかった。

 シアは少しだけ口元を歪めはしたが、笑顔を崩さずに対応する。


「こちとら狙ったのはアンタひとり。これは仲間を助ける正当防衛だ」

「そんな言い分が通るとでも……」

「じゃあ言い方を変えよう。ノアはウチにとっては、ドロンさえしなきゃ大統領にだって推されてたはずの英雄だ。そっちこそ、ウチのノアに手ぇ出したんだ。それこそ国際問題。そうだろう? 近衛隊長殿」

「ま、まあ落ちつけよ……」


 不穏な空気に思わず口を挟んだキルトだったが、それはあっけなく無視され、会話が続けられる。


「シュバルツ殿は貴国に所属しているわけではなかろう!」

「それはそっちだって同じはずだぜ? シュバルツ殿は流浪の人だったんだろ?」

「貴様……聞いていたのか!」

「声がでかいんだよ。まあ、あたしの耳がいいってのもあるけどな」


 イルムガルドとシアの間で、奇妙な舌戦がくり広げられる。

 当事者なのに完全に置き去りにされているキルトは、そんな光景に、徐々に苛立ちが募っていく。


 シアが乱入してくる直前にあふれかけた感情が、キルトの心の中で明確な意思を伴って、今度こそ顔を出す。一度思い始めると、どんどん面倒になってきた。


「シュバルツ殿は我らと共に聖ヒンメルライヒに帰るのだ。姫と結婚し、責任を取っていただく」

「アンタが勝手に決めんな。ノアはあたしがオウランに連れて帰る。そんで、とにかく今は記憶を戻して、いつの日か立派な大統領になってくれたら……嬉しいんだが、どうだ?」


 シアがキルトの肩を叩いたが、もうそれどころではなかった。

 いつの間にか、キルトがどちらかについていくこと、また、その先にどうなるのかまで決定事項になっているのである。


「どっちもダメだよ! キーくんはここでボクと暮らすんだから!」


 ついにメリルも参戦し出して、話がさらにややこしくなった。

 ふとクラリッサ姫を見れば、懇願するような涙目でキルトを見つめている。来ていただけないのですか? とでも言いたそうだ。


(どいつもこいつも……)


 眉間に皺が寄る。歯を食いしばる。拳を握り締める。

 面倒、極めて面倒である。イライラする。


「……そこまでにさ、しておこうぜ?」


 キルトはいよいよもって警告を発した。

 しかし、声が小さかったせいか、けたたましい舌戦は止まるどころか、ますますエスカレートしていく。


 自分の話のはずなのに、完全に無視されている。

 いや、これは違う。キルトの話ではない。こいつらが言っているのは、キルトが知らない、覚えていない、過去の話だ。


 過去のことは知りたい。それぞれの事情も聞く。もし本当なら、過去に自分がした雲隠れは悪かったとも思う。しかし、キルトには実感など何ひとつないのだ。


 それが自分のせいなのか? 責任を果たす? 何の責任だ? 誰の?


 ……ああ、うん、ダメだわ。


 いよいよ耐えられなくなって、キルトはバンと平手で、思いきりテーブルを叩いた。


 騒いでいた全員が呆気に取られ、急に静まり返って、キルトに注目する。


「……いい加減にしろよ。人のこと勝手に決めてんじゃねえ」


 口火を切ったのはそのひと言。最初はできるだけ穏便に言おうとする気持ちもあったが、一度開いた口は、滝のように想いのたけをぶちまける。


「あんたらさ、自分が記憶なくしたところに、知人を名乗るヤツが現れて、あなたには借金があるから責任取って払ってください、って、法外な額を要求されたら、はいそうですかって払うか? まったく身に覚えがないのに」


 メリルの時は、ほかに何もわからなかった。無茶な要求は特になかったし、非常に良くしてもらっている自覚くらいある。この先何かあるのかもしれないが、とりあえず信じてみてもいいかなと思えた。それは正解で、おかげで普通に生活できていた。


 だが今回は、話のスケールが大きすぎる。その上、覚えのないことで責められて、行き先や将来まで勝手に決められてはたまったものではない。


「しかし、シュバルツ殿……」

「覚えてないんだよ」


 キルトはイルムガルドの反論を遮り、大げさに自分の頭を指差した。


「せっかく過去がわかるかと期待してみれば、何なんだ? シュバルツ殿? ノア? 誰だそれ。今の俺は、ただの記憶喪失のキルトだ。お前らはこんな辺境まで遠路はるばる、俺に喧嘩売りに来たのか? どんな過去があろうが、人に生き方を強制されるのはごめんなんだよ」


 それが怒りの正体。記憶喪失ゆえか、人に強制される、決め付けられるのは、キルトのもっとも嫌いとするところだった。


「…………帰るわ」


 言いたいことを言ってスッキリしたキルトは、くるりと踵を返した。

 自分を無視して話を進められるのも嫌だったが、一転して複雑な表情を並べている面々を見ていると、自分が罪人になった気がして、こちらもひどく嫌だった。


「あ、あの……シュ……キ、キルト様!」


 と、背後から声がかけられた。

 キルトは無視して行こうと思ったが、その声がこれまでほとんどしゃべっていないクラリッサ姫のものだったことと、キルトと呼び直されたことで、いったん足を止め、首だけで振り返る。


「その、ごめん……なさい……」


 瞳に涙を浮かべた姫が立ちあがり、声を搾り出して、深々と頭を下げた。王族がこうもあっさり頭を下げるとは、意外である。


「……あたしも。急ぎすぎて、悪かった」


 姫に習ってシアも頭を下げた。女勇者様も、これくらいの気は遣えるらしい。


 イルムガルドだけは不機嫌そうにしたままだったが、キルトは影が落ちた姫とシアの顔を見てさらにいたたまれない気持ちになり、頭をひと掻きした。

 そのまま放って帰るつもりだったのに、どうして足を止めてしまったのか。


「……いくらなんでも、考える時間くらい、くれるだろ?」


 そして、どうしてこんなことを言ってしまったのか。


 記憶喪失以後、キルトは自分でも、自分の気持ちを把握し切れてなどいないのだ。

 キルトはすっかり混乱してわからなくなった自分の内心、過去の自分に、自分がどうしてそうしたのか、理由を聞いてみたくなった。

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