俺の名前はいくつある?
トンテンカンと、昼間のオスローにひっきりなしで音が響く中、シアとクラリスがキルトの……正確にはメリルの家に押しかけてきていた。
といっても、ここは急遽立てられた簡素な仕立ての、箱みたいな仮の家である。
どうしてそんなところに住んでいるのかと言えば、街が大惨事になってしまったからだ。
それもこれも全部、先日の崩落のせいである。
あの地下空間はオスローの地下、より正確に言えば、メリルの家の地下にまで広がっていたのだ。かなり地下深くではあったが、結構なサイズの空間が丸ごと崩落したわけであるからして、当然上は大陥没。
というわけで、街の人間は総出で、崩れた部分の移設工事に取り掛かっている最中。ぶっちゃけ街の一部を丸ごと、崩落を逃れた別の場所に新設中なのである。
ちなみに新設にあたり、資金の多くはヒンメルライヒから出ているらしい。その理由は、きっとクラリスに聞けばわかるだろう。何か面倒が起きそうな気配をびんびん感じるので、聞かないけど。
「……メリルに、何か用なのか?」
「いるんだな。よし、邪魔するぜ」
「え、えと、えと……お、お邪魔します」
ふたりを出迎えたキルトだったが、返事は得られないままに、シアとクラリスが家の中になだれ込み、メリルを引っ張り出す。
あれよあれよという間に、簡素なテーブルの周囲に関係者が集まり、メリルがふたりに迫られている、という図が出来上がった。
「あたしたちは、まあその、キルトが言うから、ちびちゃんのやったことには目を瞑る。それはいい。でもな、ちびちゃんにはよ、やるべき重大なことがあるだろ?」
「……何が言いたいの? 適当なこといって、キーくんに会いたいだけなんでしょ?」
「なっ、ち、ちげーよバカ! あたしは!」
「ダメだよ、キーくん口説いたりしたら。ボディタッチもダメ。あんなことやこんなことに及んだら殺すんだから」
「えと、や、それは、キルト様とは当然、いつでも、どこでもご一緒していたいですし、あんなことやこんなことにも及びたいですけれど……」
「姫さんは話をややこしくするなって!」
「は、はいっ! ご、ごめんなさい……あ、でも、メリル様も一緒に、というのはダメなのですか?」
「ふぇっ? な、何が?」
「そ、その、あんなことや、こ、こんなことです……」
「な、ななななな何言ってるの!? 姫さま、頭大丈夫!?」
「シア様だって、あんなことやこんなこと、したいですよね?」
「待て待て待て! そりゃどういう意味なんだよ! あたしは、べ、べべ別に……」
どうにも話がそれまくっているが、結局ふたりは何をしに来たのだろうか。
まったく、女三人寄れば姦しいとはよく言ったものである。
みんな四人目のようにおとなしくしていてくれればいいのにと、思わずため息をついて天井を見上げた。
いる。確実に潜んでるね。四人目。雷華。
「って、そんな話はどうでもいいんだよ! 記憶だよ! キルトの記憶!」
と、いきなりシアに首根っこを掴まれた。
「……えーっと、何? 俺?」
記憶なら相変わらずだ。時折すぽっと変なところが抜けたりするが、昔の記憶などさっぱりである。
あれからメリルが率いていたエデンなる秘密結社のこともちょこちょこ聞いたが、すでに若干怪しい部分があった。
まああれだ、昔魔導国家エルベリアでテロを企てるもキルトにやられて、なんだかよくわからないけどキルトに説得されて改心したボスことメリルに付き合って、みんなで引越ししておスローを作り上げた魔術集団、と言ったところだ。ルーファスは魔術の探求がどうとか言っていたが、別に興味はない。
「ちびちゃんさ、さっさとキルトの記憶を戻してやってくれよ」
「……むっつり勇者、バカなんじゃないの?」
「はいそこ、無駄に挑発しない。どうどう。……で、なんでそんな話になるんだ?」
「いや、だってよ、キルトの記憶消したの、ちびちゃんだろ?」
メリルをなだめながら尋ねてみたら、思いもよらぬ答えが返ってきてしまった。
「……そうなのか?」
思わずメリルに振ってみると、同じくどうしてそんなことになっているのかよくわからないといった感じで首を振る。
「……違うよ?」
「とぼけんなよ! キルトの記憶消して入れ知恵して、自分に都合のいいようにしようとしてたんじゃないのかよ!」
「うわ何それ。喧嘩売ってるなら買……うう、ボクそんなことしてないもん」
ちなみに、あのときの約束のおかげか、最近のメリルはいまのように、髪留めになっている禁呪を使おうとしては思い止まる、ということが多くなっていた。
不安定なメリルの理性だが、あれ以来ちゃんとサボらずに働いているようで何よりだ。
「で、でも禁呪を使えば、その……記憶を消したり、できるって……お父様が……」
「だから、知らないもん! そんなことできないし、ボクだって戻せるなら戻してあげたいよ! なんでそうやってボクを犯人にしようとするの?」
シアたちによると、どうも禁呪を使えば記憶を消せるらしいのだが、当の禁呪の持ち主はそんなことをできないと言っていて、でもシアたちは嘘をつくなと言っていて、奇妙な水掛け論が展開されていた。
「……なぁ雷華、禁呪で記憶消したりってできるか、知ってるか?」
キルトは同道巡りになってきた会話を止めるべく、天井に隠れているくの一に話題を投げてみた。と、壁紙をはがずようにペリッと、天井の一部に隙間が空く。
「……命令?」
「はぁ。はいはい命令、知ってるなら早く言えよ」
「……きっと別の番号の固有能力。六番と七番は違う。詳しく調べる?」
「ん、そうか。まあ今は別にいいや。ありがとな。ご苦労さん」
答えると、天井の隙間が何事もなかったかのように元に戻った。
あれ以来雷華は、一体どれだけ暇なのか、このようにずっとこっそりキルトの側にいる。
相変わらず何かと命令を強要してくるが、物知りな上に、大抵のことは調べてくれる。それでいてメリルたちの騒ぎには加わってこないので、何かと便利で面倒もなくてありがたかった。
「だ、そうだ。勘違いだな。雷華が知っててよかった。……え、あ、あれ? みんな、どうした?」
これで解決と思い、キルトはひと息ついたのだが、なぜか空気がおかしくなっていた。
誰も返事をしない。
シアはぽかんと口を開けて絶句していて、クラリスはまた何やらもじもじして「ずるいです……」などと呟いている。
明らかにヤバのはメリルだ。一体何が気に入らなかったのか、わなわなと震え出している。気のせいか、髪留めの禁呪も若干光っている。
あれは我慢の限界の合図、爆発の前兆としか思えない。どうしてこうなったのかはわからないが、とにかくまずい、非常にまずい。
「えっと……じゃあ解決したところで、俺、工事手伝ってくる……ね? あはは……」
こうなったらまた妙な面倒が炸裂するまえに逃げてしまおうと、キルトは作り笑いしながら席を立った。
「キーくんが行くならボクも行くっ」
「そ、それでしたら……その、わたくしも。イルマちゃんたちを呼んで手伝ってもらってもいいですし……」
「……勇者たるもの、人々の模範じゃなきゃな。よし、キルト、あたしも手伝うぜ」
「だから、いちいち理由をつけてキーくんに言い寄らないでよもう! キーくんいこっ」
「ちょっと待て! だからそんなんじゃねーんだって! こらちびちゃん、話を聞け!」
本当に、どうしてこうなってしまうのか。
駆け出したメリルに腕をとられる形で引っ張られながら、キルトは家を飛び出した。
そして、理解不能な現実にため息をつこうとして……
「おっ、旦那! ちょうどよかった、旦那にお客がきてますぜ?」
放置されてもなぜかあの崩落を生き伸びていたツルツル頭に呼び止められた。
はい、ここで問題です。
キルトには記憶がない。オスローにいる人間と、今回現れた各国の人間以外、知人の覚えはない。オスローの人間が尋ねてきたのなら、街ぐるみで奇妙な組織なのだから、このハゲはわざわざお客などと言ったりしない。
つまり?
「……えぇぇ……まじで?」
振り返り、キルトは思わず呻いた。
どこか困ったような顔をしているアリアスの背後で、お客らしきその人物が、軽いノリで手を振っていた。
完全にまったく、これっぽっちも見覚えのない少女である。
ポニーテールにまとめている長い髪は緑色。衣服はどこかの国の独特なものなのか、比較的シアの服に似てはいるが、オスローではとんと見かけないタイプで、首には足元まで届きそうな、やたらと長い赤のスカーフ。
そして胸元には……見慣れたあの金属細工のペンダント。
「やっは~、ホントにいたよぉ~。すごいすごい! 先生、ウチのこと覚えてる? いまの名前は~……キルト、だっけ~?」
シュバルツ、ノア、迅斗ときて、今度は先生である。何の先生なんだよ。
元気いっぱいな少女のどこかで聞いたような物言いに、キルトは今度こそ、海よりふかーいため息をつく。
「またかよ……」
キルトが忘れている、別の過去を知る人物。
もう来ないだろうと思っていた、五人目登場の瞬間だった。
かくしてキルトの日常は、次々と現れる過去を知る少女たちによって、波乱に満ち溢れることになるのだが。
それはまた、別のお話。




